エピローグ
朝靄の薄く掛かった歩道を貴夜はひたすらに走った。
二人が何処に向かっているのか、いまの貴夜には容易く感知できるのだ。それは貴夜が、秘められた能力を完全に目覚めさせていると言うことだった。
汗もかかず、息さえさほど乱さずに、貴夜は目指す駅の前まで一気に走り抜いた。
「何処に行くんだよ?」
朝早い、人気も疎らな駅のホールで、白いワンピース姿のリーゼロッテに問い掛ける。その顔はわずかに寂しげな笑みを浮かべていた。
シェラは黒いワンピース姿の愛らしい姿に、人形のような表情のない顔で、二人から距離を置いてリーゼロッテと貴夜を見守っている。
「──わたしには使命があるのよ。あの方を探し出し、そして……。それに、あなたには責任を持たなければならない人ができたでしょ。もうわたしなんかとは……」
儚げな表情で穏やかな笑みを見せたリーゼロッテに、貴夜は強い口調で断言した。
「なにを言っているんだよ。約束しただろ。君と一緒に生きて行くって」
「それじゃあ、わたしと一緒に来られるの?」
貴夜は一瞬、口篭もった。リーゼロッテは諦観を滲ませたような表情になり、
「無理よね。それは判っているの」と、顔を背けて呟いた。
リーゼロッテのいままでにないそんな態度に、貴夜は酷く狼狽した。そして素晴らしいアイディアを考え付き、勢い込んで口に出した。
「それなら──ここに君達も一緒に居ればいいんだよ! そうだろ? あの方とか言うのは放って置いて、ぼく達と一緒に住めばいいんだよ」
「本気でそれを言っているの? 一生の責任を負う存在が増えるだけなのよ?」
顔を伏せたまま、リーゼロッテが訊ねる。
「本気だとも! ぼくは君に約束したんだ。喩え暗い闇の中でも、二人で歩けば怖くはないさ。そうだろ?」
貴夜が熱を込めてそう答えると、リーゼロッテはクスクスと笑って顔を上げる。そこには悪戯っぽい、してやったりと言うような笑みが浮かんでいた。
「本当にあなたって──まぁいいわ。そんなあなただからこそ、わたしは共に歩めると言うものね。でも、言っておくけど、闇の中を共に歩くつもりはないわよ。わたし達は夜と昼の間を、黄昏時が続く世界を共に生きていくのよ」
ころりと打って変わったリーゼロッテの様子に、貴夜は唖然として言葉が出なかった。なんとなく騙されたような気分になってしまう。
「さぁ、それじゃあ帰りましょ。そろそろハツネが美味しい朝食を作ってくれている頃だわ」
リーゼロッテはくるりと回ってワンピースの裾を翻すと、鮮やかな笑みを貴夜に向けて右手を差し出した。晴れ渡る空の色と陽が落ちる前の空の色の瞳に悪戯っぽい色を見せて……。
「きっとあなたはそう言ってくれると信じていたわ。でも、あの方を探さなければならないのは、あなたも考えておいてよ。もう、あなたはわたしのパートナーなんだから」
貴夜は軽い溜め息を吐くとその白く小さな手を握る。そして朝靄の晴れた空を仰ぎ見て、夜の世界の住人になってしまったとしても、太陽の下で生きていくことは可能なのだと思った。
すくなくともこの小柄で華奢な、それでいて強力な魔術師である、小憎らしくて愛らしい少女と共にならば……。