寂しがりやの400年と、18年のひだまり
森の朝は、静かでどこか冷たい。
朝露に濡れた草を踏みしめながら、1人の少女がバスケットをしっかりと抱えて森の小道を歩いていた。
街道沿いにある自慢の小さな紅茶店から、森の奥深くにある木造の家まで、歩いて約15分。これが18歳になった少女、ミレイユの毎朝のルーティンだった。
この世界には、2種類の人間がいる。
生まれつき体内に魔力を宿す『魔法使い』と、魔力を持たない『人間』。
世界の人口の大半を人間が占めていて、魔法使いの数は非常に少なく希少な存在として扱われている。
多くの人間は一生のうちに本物の魔法使いを目にすることなく命を終える。そのため、街の人々にとって魔法使いとは、おとぎ話や古い伝説の登場人物のようなものだった。
一方、魔法使いには「魔法使いは人間より優れた存在」という考えが広く根付いていて人間を見下し、魔法が使えないことを劣っている証だと考える者も少なくない。魔力量や才能、家柄で人を価値付け、幼い頃から競い合う彼らの世界は、外から見る華やかさとは裏腹に、歪んだ優越感に満ちていた。
——そして、ミレイユが向かっている家に住む人物こそ、その魔法使いの最高峰にして「世界最強」と謳われる伝説の男だった。
木製の重厚な扉の前に立ち、ミレイユは小さく息を吸い込んでそっとノックをする。
「アルヴィスさん、おはようございます。入りますね」
鍵の開いているドアを押して中へ入ると、静まり返った部屋の奥で、1人の男性が古い羊皮紙に目を走らせていた。
「……今日も早いな、ミレイユ」
羊皮紙から視線を外さず、その男性──アルヴィスが低く落ち着いた声でつぶやく。
「もう7時ですよ。 また夜遅くまで研究していたでしょう? 紅茶を淹れたので一息ついてください」
ミレイユがティーポットからカップへ深紅の液体を注ぐと、香ばしい茶葉の香りが広がっていく。
「君は……相変わらず押しが強いな」
アルヴィスは困ったように小さくため息をついた。
「押しが強いんじゃなくて、心配なんです! ほら、冷めないうちに飲んでください」
机の上にトントンとカップを置くと、アルヴィスはペンを置いた。湯気の向こうに浮かぶ彼の横顔を見つめながら、ミレイユの脳裏にふと、あたたかな昔の記憶がよみがえる。
***
街道沿いの紅茶店は、その日も朝から香ばしい茶葉の香りで満ちていた。
大きなカウンターの陰から、ちょこんと飛び出す小さな影。幼い少女は、両親の後ろをトコトコと追いかけながら、一生懸命に店内を駆け回っていた。
「お父さん、お母さん! 私、このお茶運べるよ!」
小さな手で大事そうに茶器を持ち、落とさないように慎重に歩く。失敗して落ち込むこともあれば、お客さんに「ありがとう、偉いね」と頭を撫でられて目をキラキラと輝かせることもあった。
彼女にとってその店は、世界のすべてであり、温かな愛情そのものだった。
そんなある日の夕暮れ時。
森の奥から、1人の男性がふらりと店に立ち寄った。深くかぶったフードの隙間から見えたのは、どこか遠くを見つめるような、静かで深い瞳。
「いらっしゃいませ!」
元気に声をかけたミレイユだったが、その男の人は目線を少し寄越しただけで、ほとんど表情を変えず静かにカウンターの端に腰掛けた。
周りの大人たちが「森の奥に住む魔法使い様だ」と敬意を込めて囁き合っていたが、幼い少女には「魔法使い」が何なのかもよく分からなかった。
ただ、なんだかとても寂しそうで、同時にすごく格好よく見えた。
気になったミレイユは、両親が淹れた出来立ての紅茶をトレーに乗せると、とてとてと男の人のもとへ運んで行った。
「お兄さん、あついから気をつけてね」
そう言って見上げると、男の人は少しだけ驚いたように目を丸くした。そして、小さな少女と目線を合わせるように、ほんの少しだけ腰を落とす。
「……ありがとう」
その声は低く、けれどとても優しかった。男の人は温かいカップに手を添えると一口含み、本当に気づかないほど小さく、口元を緩めた。
その瞬間、ミレイユの胸の奥が温かくなった。胸がキュッとして、顔が熱くなる。
それがどういう感情なのか、幼いミレイユには名前すら分からなかったけれど——嬉しくて、恥ずかしくて。幼い胸いっぱいに広がる初めての気持ちに、ミレイユはひだまりような笑顔を返したのだった。
***
思い出しながらくす、と小さく笑う。
両手で包み込むように持っていたティーカップをそっと机に置き、ミレイユは小さく息をついた。
「アルさん、今日のお昼は街の店をしばらく開けてきますね。新しい茶葉が届く予定なんです」
「……ああ。気をつけなさい。街道沿いとはいえ、何かあればすぐに知らせるんだ」
「ふふ、大丈夫です! ありがとうございます!」
幼い頃と変わらない笑顔を向けるミレイユに、アルヴィスは一瞬だけ目を丸くし、すぐにそっと視線をそらした。
静かにカップを持ち上げ、紅茶をひとくち含んだ。
そして——気づく者など誰もいないほどごく小さな微笑みを、彼の唇端にふっと浮かべた。
「……やはり、君の淹れる紅茶は美味しい」
そうでしょう?と笑う彼女を、アルヴィスは静かな瞳で見つめていた。
400年という途方もなく長く、冷たい時間を生きてきた男の家に差し込んだ、あたたかな太陽のような光。
カチャン、と静かにカップを置いたアルヴィスは、まぶしそうに目を細めた。
2人の手によって重ねられていく穏やかな時間は、今日も静かに、そして確かに紡がれていく。
お読みいただきありがとうございました!
「2人の話がもっと見たい」「アルヴィスやミレイユの過去が気になる」などと思っていただけたら、ぜひ評価や感想、リアクションなどをいただけると嬉しいです♩
初作品でまだ操作に慣れておらず、読みづらい部分もあったかと思いますが、ここまでお付き合いいただき改めてありがとうございました!
追記 カクヨムにて連載してます!




