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魔王引退してダンジョン不動産はじめました!〜お金ががっぽがっぽのはずがまさかの修繕費で借金まみれ〜

作者: 一場令衣
掲載日:2026/09/15

 父が勇者に負けた。


 魔王だったので、まあ、そういうこともある。


 問題は、そのあとじゃ。


 幼いサタンのもとに残されたのは、巨額の相続税と借金。そして、やたらと広い魔王城だった。


 地下ダンジョンつき!

 お得!


 お得ではない。税金を払う金がない。


 父上。世界を征服する前に、家計をどうにかしてほしかったのじゃ。


「いいかミーシャ。これからの時代は『世界征服』ではない。『不動産』の時代なのじゃ!」


 かつて玉座の間だった大広間に、サタンの声が響いた。


 艶やかな黒髪に、赤い瞳。幼い体を精いっぱい反らし、ふんぞり返る。


 座っているのは、激安家具店で買ったオフィスチェアだ。

 足は床につかない。


 漆黒の玉座は中古業者に出した。

 禍々しいタペストリーも撤去した。


「はえー? ふどーさんって、お家を貸して『ごーるど』をいっぱいもらうやつですかー?」


 悪魔のミーシャが、のんびりと首をかしげる。


「そうなのじゃ!」


 サタンは肘掛けをぺちんと叩いた。


「勇者どもと不毛な殺し合いをするなど、もう時代遅れじゃ。勝っても金にならんし、負けたら娘に借金が来る!」


 実体験なので説得力が違う。


「そこで、この広大な魔王城の地下ダンジョンを区画分けし、住居として貸し出すのじゃ!」


「お部屋にするんですねー」


「うむ! 敷金、礼金、そして毎月の賃料……!」


 一つ数えるたび、サタンの頬が緩んでいく。


「一度貸せば、あとは住人どもが勝手に暮らして、勝手に金を払ってくれる! わらわはここに座っているだけ! 黙っていてもお金ががっぽがっぽと転がり込んでくるのじゃあ!」


「わあー! 座ってるだけなら、もうできてますねー!」


「じゃろう! あとは金が来るだけじゃ!」


 まだ一銭も来ていないが、姿勢だけは整っていた。


 しかも、サタンの狙いは家賃だけではなかった。


 このダンジョン不動産には、そこらの貸家には真似できない、最強の仕組みがある。


「ここは大人気ダンジョン『冥府の奈落(アビス)』。毎日のように、一攫千金を狙う愚かな冒険者どもがやってくるじゃろ?」


「来ますねー。剣とか持ってー」


「そやつらが罠にかかって死ねば、死体も、残された高級装備も、すべて我が社のものじゃ!」


 赤い瞳がきらりと光った。


「死体はダンジョン中枢(コア)の『再構成炉』へぽい! 壁や罠の修復材料になる! 材料費、タダ!」


「ぽいっとー」


「装備品は人間の街の闇市場へ流す! 裏金が入る!」


「がっぽがっぽー」


「建築費はタダ! 入居者からは家賃を毟り取る! 冒険者どもは頼んでもおらんのに材料を持ってくる! 自分の体で!」


 サタンは短い両腕を大きく広げた。


「これぞ完璧な永久機関! 夢の不労所得ライフなのじゃ!」


「わあー! さすが社長、あたまいいですー! 悪魔みたいですねー!」


「元魔王じゃよ! というか、お前も悪魔じゃろ!」


「そうでしたー」


「これからは社長業がはやりなのじゃー!」


 世界征服は父の代で終わり。

 娘の代からは家賃収入。


 勇者を待って玉座に座るより、入金を待ってオフィスチェアに座るほうが、どう考えても賢い。


「フハハハハ! がっぽがっぽじゃあ!」


 小さな体をのけぞらせ、サタンは高笑いした。


 椅子の背もたれが、いい感じに倒れた。

 さすがお値段以上である。


 夢の不労所得生活。

 元魔王サタンの第二の人生は、輝かしいものになるはずだった。


 ──そう、あの絶望の見積書が届くまでは。


 ─────


「しゃちょー! なんか今月も、ギルドからいっぱい『かみきれ』が届いてまーす!」


 ミーシャが抱えてきたのは、分厚い書類の束だった。


「数字がいっぱいで、ミーシャよく分かりませーん!」


「ふふん。家賃の入金報告じゃな? どれ、貸してみるのじゃ」


 サタンはオフィスチェアにふんぞり返ったまま、書類を受け取った。


 待っておったぞ。

 がっぽがっぽ。


「……ん?」


 一枚めくる。


「……んん?」


 もう一枚めくる。


 背もたれから背中が離れた。

 赤い瞳が、金額の欄にぐっと近づく。


 桁を数えた。

 もう一度数えた。


 減らなかった。


「な、なんじゃあ、この天文学的な赤字はーーーっ!?」


「数字、いっぱいですよねー!」


「多ければよいというものではない!」


 サタンは一枚目の請求書を机に叩きつけた。


「おいミーシャ! なぜ第一階層の通路が丸ごと崩落しておるのじゃ!? 先週直したばかりじゃろ!」


「あ、それですかー!」


 ミーシャがぽんと手を打った。


「なんか人間の勇者パーティーが、『正規ルート通るのめんどくさい』って言って、壁に爆弾を仕掛けたみたいですー!」


「めんどくさい?」


「はい! それで、補強されてない壁をぶち抜いたら、上の階の重みで床も抜けちゃってー」


「床も?」


「そのまま下のフロアへ、ズドーンって! ショートカット成功でーす!」


「あの不届き者どもめぇぇぇっ! 階段を使わんか、階段を!」


 用意してある。

 ちゃんと下までつながっておる。


「ダンジョンの構造維持システムまでバグっておるではないか! 構造修理費だけで金貨五万枚じゃぞ!?」


「近道って、お金かかるんですねー」


「払うのはわらわじゃ!」


 冒険者は時間を節約した。

 大家は金貨五万枚を失った。


 釣り合っておらん。


 サタンは震える手で、次の書類をめくった。


「……待て」


 第二階層の入居者一覧。

 そこに、見過ごせない文字があった。


「『純金鎧のサイクロプス殿』の部屋が、退去……空き室になっておるぞ?」


 高額な家賃を毎月きっちり納めてくれる、優良テナントだ。

 名前を見ただけで、サタンの心が少し潤うほどの上顧客である。


「引っ越しでもしたのか?」


「いえ、退去じゃなくて『死去』ですー!」


「し、死去ぉっ!?」


「はい! 冒険者たちが『あいつ高額アイテム持ってるぞ!』って群がってきましてー」


 サタンは、入居者名をもう一度見た。


 純金鎧。


 持っておった。 名前で分かるほど持っておった。


「お部屋の中でレイドバトルが始まっちゃって。サイクロプスさん、身ぐるみ剥がされて消滅しちゃいました!」


「我が社の貴重な上顧客がぁぁっ!」


「お部屋も血まみれの事故物件でーす!」


「追い打ちをかけるでない!」


 家賃を払う者が消え、掃除する場所だけが残った。


 サタンは請求書を握りしめた。


 これでは話が違う。

 冒険者の装備を回収するはずが、入居者の装備を持っていかれておる。


「あ、でも安心してください、社長!」


 ミーシャが胸を張った。


「ちゃんと『モンスター店借人(たなかりにん)保険』に入ってましたから!」


「ほう……!」


 サタンは顔を上げた。


 保険。

 なんと頼もしい響きじゃろうか。


「やるではないか、ミーシャ! それで、保険金はいくら下りるのじゃ?」


「えっとー……」


 ミーシャは別の書類を広げ、指で文字を追った。


「住人の死去率があまりにも高すぎて、ギルドから『危険物件指定』されちゃいました!」


「……ほう?」


「保険金は下りませーん!」


「ほう……?」


「それで、来月からの保険料が、普通の不動産の数万倍になりまーす!」


 サタンの笑顔が固まった。


「家賃のほぼ全部が、保険料でなくなっちゃいますねー!」


「全然安心できんわ、アホォォォッ!!」


 勢いよくのけぞったサタンを乗せ、オフィスチェアがぐらりと傾いた。


 今度は、いい感じのところで止まらなかった。


「のじゃっ!?」


 椅子ごとひっくり返った。


 宙に舞った請求書が、はらはらと降ってくる。

 金貨五万枚の一枚が、顔にぺたりと貼りついた。


「う、嘘じゃ……」


 サタンは床に転がったまま、か細い声を漏らした。


「がっぽがっぽのはずが……これでは完璧に、借金まみれではないか……!」


 ─────


「おのれ……こうなったら、今生き残っておる住人どもから、一銭残らず家賃を取り立ててやるのじゃ!」


 サタンは顔に貼りついた請求書を引き剥がし、立ち上がった。


「ミーシャ、集金袋を持て!」


「はーい!」


 不労所得のために、働きに行く。


 ─────


「おい、ミノタウルス! 今月の家賃がまだ入っておらんぞ! 早く払うのじゃ!」


 乗り込んだ部屋は、確かに寒かった。


 壁に大穴が開いている。

 風通し抜群。抜群すぎて、室内なのにサタンの黒髪がなびいていた。


 その部屋の主が、巨大な鼻からふんと息を噴き出す。


「うるせえ、ロリ魔王! 勇者が壁に開けた穴のせいで、部屋がめちゃくちゃ寒くて働けねえんだよ!」


 ミノタウルスは高級そうなバトルアックスを抱え、居座っていた。


「金なんかねえ! 嫌なら力ずくで追い出してみろ!」


 サタンの髪が、風に揺れた。


「ほう。元魔王に向かって、ずいぶんな口の利き方じゃな……?」


 真紅の瞳が、すうっと細くなる。


 小さい。

 見た目は幼女。

 さっきは椅子からひっくり返った。


 だが、魔王を引退した理由は、弱くなったからではない。


 金がなかったからだ。


「お部屋が寒いのは勇者のせいじゃろが!」


 小さな右足が、大気を切り裂いた。


「滞納するなと言っておるのじゃァァッ!!」


「ぶべらっ!?」


 体重一トンが飛んだ。


 ミノタウルスは勇者の開けた穴へ一直線に吹っ飛び、その縁に巨体をぶつけた。


 ずどん、と床が揺れる。

 壁に、びしりと大きなヒビが走った。


 修繕箇所が増えた。


「ひいぃぃ!? 払います! 払うから命だけはー!」


「今すぐ払え! 払えんのなら、その高級なバトルアックスを家賃の代わりに没収じゃ!」


 サタンは小さな手を突き出した。


「あとでお前の死体と装備品を再構成炉に放り込む手間も省けるわ!」


 ミノタウルスがバトルアックスを抱きしめた。

 サタンが、さらに一歩詰め寄る。


 そこで、ぴたりと止まった。


「……死体?」


 赤い瞳が瞬いた。


「死去……事故物件……」


「しゃちょー?」


「そうじゃ!」


 サタンはぱんと両手を打ち合わせた。


「住人や冒険者が死ぬから、事故物件になるのじゃ!」


「そうですねー。死んじゃいますもんねー」


「ならば、死なぬようにすればよい!」


 名案だった。

 少なくとも、思いついた本人の顔はそう言っていた。


「『死なないシステム』を、ダンジョン全体に上書きすればよいのではないか!?」


「はえー? 死なないダンジョンですかー?」


「そうじゃ! ミーシャ、中枢へ行くぞ!」


「はーい!」


 サタンは駆け出した。

 ミーシャも、集金袋を揺らしてついていく。


 袋は、まだ空だった。


 ─────


 ダンジョン中枢(コア)。

 管理規約を刻んだ魔法陣の前で、サタンは袖をまくった。


「どれ……ここをこうして、これを消して……ええい、邪魔じゃな! まとめて上書きじゃ!」


 小さな指が走るたび、魔法陣の文字が書き換わっていく。


「これより、我がダンジョン内で住人、冒険者、勇者が死亡した場合!」


 サタンは魔法陣に手をかざした。


「そのまま消滅することなく、入り口に真っ裸でリスポーンする措置を取るのじゃ!」


「生き返るんですねー!」


「うむ! ただし!」


 そこは、ひときわ大きな声だった。


「『ダンジョン特別利用規約』に基づき、復活の代償として、所持金と高級装備の五十パーセントを我が社が自動で強制没収するものとする!」


 魔法陣が、かっと輝いた。


 規約更新。

 半分没収。


 サタンは満足げにうなずいた。


「これなら住人が死去することもなく、事故物件にもならぬ!」


「お部屋、ずっと借りてもらえますねー!」


「そうじゃ! 冒険者は真っ裸で入り口へ! 我が社には装備とゴールドの半分が転がり込む!」


 罠で倒れるたびに、ちゃりん。

 魔物に負けるたびに、ちゃりん。


 しかも、生き返る。

 また来られる。

 また払える。


 サタンの赤い瞳が、きらきらと輝いた。


「これこそ、完璧なリサイクル&がっぽがっぽシステムじゃろ!」


「わあー! 今度こそ本当のがっぽがっぽですね、社長ー!」


「フハハハハ! 今度こそじゃあ!」


 空っぽの集金袋を傍らに、二人は高らかに笑った。


 ─────


 数日後。


 ダンジョンの入り口は、パンツ一丁の冒険者で溢れかえっていた。


「クソッ! なんだ、このダンジョンは! 死んだら装備が半分消えて、入り口に戻されるぞ!」


「おれの自慢の聖剣の輝きが半分失われてる……!」


 残された剣を抱きしめ、勇者が震えている。

 聖剣はある。服はない。


 隣では、パンツすら残らなかった冒険者が、両手で最後の尊厳を守っていた。


 その様子を、防犯カメラ代わりの水晶玉で眺めながら、サタンはオフィスチェアにふんぞり返った。


「フハハハ! 見たか、ミーシャ!」


 コーラをぐいっと飲む。

 労働していないときのコーラはうまい。


「これで今月の収支は、世界の国家予算をも超える大黒字じゃろ!」


 まだ帳簿は見ていない。

 気分では、すでに超えていた。


「さあ、自動回収された金貨と装備の山を持ってくるのじゃ!」


「はーい、見てきまーす!」


 ミーシャがスキップで金庫室へ向かった。


 サタンは水晶玉へ目を戻した。

 また一人、裸の勇者が増えていた。


 うむ。

 よい売り上げじゃ。


 数分後。


「しゃちょー」


 戻ってきたミーシャは、いつもどおりの笑顔だった。


 金貨の袋はない。

 高級装備もない。


 代わりに、真っ赤な文字が並ぶ書類を持っていた。


「金庫の中、なーんにも入ってませーん! からっぽでーす!」


「……は?」


 サタンの手からコーラが落ちた。


 床に、しゅわしゅわと黒い水たまりが広がる。


「から……っぽ?」


「はい! 回収品は、ゴブリンさんたちが持っていってるみたいですー!」


「ゴブリン……じゃと?」


 サタンは椅子から飛び降りた。


 ─────


 短い足を全力で回し、第一階層のリスポーン地点付近へ急行する。


 近づくにつれ、陽気な歓声が聞こえてきた。


「うおおお! 勇者の財布が落ちてきたベタ!」


「この魔法の杖、芋を焼く串にちょうどいいゴブ!」


「ウェーイ! 今日からオレたち富豪ゴブー!」


 ゴブリンたちが、金貨と装備の山を囲んで踊っていた。


 首から高級な首飾りを何本も下げた者。

 財布をひっくり返し、降ってくる金貨を浴びる者。

 高そうな杖に、芋を刺そうとしている者。


 がっぽがっぽしていた。


 わらわ以外が。


「お、お前たち……!」


 サタンは震える指で、金貨の山を指した。


「それは会社の取り分じゃぞ! 何を勝手にネコババしておるのじゃーーーっ!!」


「え?」


 財布を持ったゴブリンが振り向いた。


「だって大家さん、今月の家賃、払えないゴブ」


「だから取り立てておるのじゃ!」


「だから、これを家賃の代わりにするって言ったゴブ」


「ならば会社に渡さんか!」


「渡したゴブ。ミーシャさんが、家賃として受け取ったってハンコ押してくれたゴブ」


「……現物は?」


「ここにあるゴブ」


 ゴブリンは金貨の山をぽんと叩いた。


 サタンは金貨を見た。

 ゴブリンを見た。

 もう一度、金貨を見た。


「ミーシャがぁぁぁぁぁっ!?」


「あ、それ私でーす!」


 追いついてきたミーシャが、元気よく手を上げた。


「家賃の代わりにもらっとくねーって、書類にハンコ押しちゃいましたー!」


 にこにこ。

 ぴーす。


「もらっとらんではないか!」


「あれー?」


「しかも元から会社の金じゃ! 会社の金を会社に払って、なぜお前たちの家賃が消えるのじゃ!」


「難しいことは分からないゴブ」


「ハンコはあるゴブ」


「家賃、支払い済みゴブー!」


 領収書が、いっせいに掲げられた。


 確かに押してあった。

 我が社のハンコが。


「おのれ、不届き者どもめぇぇぇ! 会社に金を入れんかぁぁぁーーーっ!!」


 魔王の怒号が、第一階層に響き渡った。


 入り口では、また一人、勇者が裸で復活した。

 回収された財布が落ちてくる。


「追加ゴブー!」


「拾うなァァァッ!」


 サタンは財布へ飛びついた。


 世界征服をやめた。

 玉座も売った。

 不動産会社の社長になった。


 そして今、ゴブリンと財布を引っ張り合っている。


「ううう……がっぽがっぽのはずが……どうしてこうなったのじゃぁぁぁっ!」


 ミーシャは空っぽの集金袋を抱え、こてんと首をかしげた。


 サタンの目に、床で輝く金貨が映った。


「……つ、次は金じゃ!」


 財布を握ったまま、顔を上げる。


「時代は金じゃ! ゴールドで資産運用なのじゃぁぁっ!」


 借金は、まだ減っていない。


(めでたし、めでたし?)


 最後まで読んでくださりありがとうございます。

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