魔王引退してダンジョン不動産はじめました!〜お金ががっぽがっぽのはずがまさかの修繕費で借金まみれ〜
父が勇者に負けた。
魔王だったので、まあ、そういうこともある。
問題は、そのあとじゃ。
幼いサタンのもとに残されたのは、巨額の相続税と借金。そして、やたらと広い魔王城だった。
地下ダンジョンつき!
お得!
お得ではない。税金を払う金がない。
父上。世界を征服する前に、家計をどうにかしてほしかったのじゃ。
「いいかミーシャ。これからの時代は『世界征服』ではない。『不動産』の時代なのじゃ!」
かつて玉座の間だった大広間に、サタンの声が響いた。
艶やかな黒髪に、赤い瞳。幼い体を精いっぱい反らし、ふんぞり返る。
座っているのは、激安家具店で買ったオフィスチェアだ。
足は床につかない。
漆黒の玉座は中古業者に出した。
禍々しいタペストリーも撤去した。
「はえー? ふどーさんって、お家を貸して『ごーるど』をいっぱいもらうやつですかー?」
悪魔のミーシャが、のんびりと首をかしげる。
「そうなのじゃ!」
サタンは肘掛けをぺちんと叩いた。
「勇者どもと不毛な殺し合いをするなど、もう時代遅れじゃ。勝っても金にならんし、負けたら娘に借金が来る!」
実体験なので説得力が違う。
「そこで、この広大な魔王城の地下ダンジョンを区画分けし、住居として貸し出すのじゃ!」
「お部屋にするんですねー」
「うむ! 敷金、礼金、そして毎月の賃料……!」
一つ数えるたび、サタンの頬が緩んでいく。
「一度貸せば、あとは住人どもが勝手に暮らして、勝手に金を払ってくれる! わらわはここに座っているだけ! 黙っていてもお金ががっぽがっぽと転がり込んでくるのじゃあ!」
「わあー! 座ってるだけなら、もうできてますねー!」
「じゃろう! あとは金が来るだけじゃ!」
まだ一銭も来ていないが、姿勢だけは整っていた。
しかも、サタンの狙いは家賃だけではなかった。
このダンジョン不動産には、そこらの貸家には真似できない、最強の仕組みがある。
「ここは大人気ダンジョン『冥府の奈落』。毎日のように、一攫千金を狙う愚かな冒険者どもがやってくるじゃろ?」
「来ますねー。剣とか持ってー」
「そやつらが罠にかかって死ねば、死体も、残された高級装備も、すべて我が社のものじゃ!」
赤い瞳がきらりと光った。
「死体はダンジョン中枢の『再構成炉』へぽい! 壁や罠の修復材料になる! 材料費、タダ!」
「ぽいっとー」
「装備品は人間の街の闇市場へ流す! 裏金が入る!」
「がっぽがっぽー」
「建築費はタダ! 入居者からは家賃を毟り取る! 冒険者どもは頼んでもおらんのに材料を持ってくる! 自分の体で!」
サタンは短い両腕を大きく広げた。
「これぞ完璧な永久機関! 夢の不労所得ライフなのじゃ!」
「わあー! さすが社長、あたまいいですー! 悪魔みたいですねー!」
「元魔王じゃよ! というか、お前も悪魔じゃろ!」
「そうでしたー」
「これからは社長業がはやりなのじゃー!」
世界征服は父の代で終わり。
娘の代からは家賃収入。
勇者を待って玉座に座るより、入金を待ってオフィスチェアに座るほうが、どう考えても賢い。
「フハハハハ! がっぽがっぽじゃあ!」
小さな体をのけぞらせ、サタンは高笑いした。
椅子の背もたれが、いい感じに倒れた。
さすがお値段以上である。
夢の不労所得生活。
元魔王サタンの第二の人生は、輝かしいものになるはずだった。
──そう、あの絶望の見積書が届くまでは。
─────
「しゃちょー! なんか今月も、ギルドからいっぱい『かみきれ』が届いてまーす!」
ミーシャが抱えてきたのは、分厚い書類の束だった。
「数字がいっぱいで、ミーシャよく分かりませーん!」
「ふふん。家賃の入金報告じゃな? どれ、貸してみるのじゃ」
サタンはオフィスチェアにふんぞり返ったまま、書類を受け取った。
待っておったぞ。
がっぽがっぽ。
「……ん?」
一枚めくる。
「……んん?」
もう一枚めくる。
背もたれから背中が離れた。
赤い瞳が、金額の欄にぐっと近づく。
桁を数えた。
もう一度数えた。
減らなかった。
「な、なんじゃあ、この天文学的な赤字はーーーっ!?」
「数字、いっぱいですよねー!」
「多ければよいというものではない!」
サタンは一枚目の請求書を机に叩きつけた。
「おいミーシャ! なぜ第一階層の通路が丸ごと崩落しておるのじゃ!? 先週直したばかりじゃろ!」
「あ、それですかー!」
ミーシャがぽんと手を打った。
「なんか人間の勇者パーティーが、『正規ルート通るのめんどくさい』って言って、壁に爆弾を仕掛けたみたいですー!」
「めんどくさい?」
「はい! それで、補強されてない壁をぶち抜いたら、上の階の重みで床も抜けちゃってー」
「床も?」
「そのまま下のフロアへ、ズドーンって! ショートカット成功でーす!」
「あの不届き者どもめぇぇぇっ! 階段を使わんか、階段を!」
用意してある。
ちゃんと下までつながっておる。
「ダンジョンの構造維持システムまでバグっておるではないか! 構造修理費だけで金貨五万枚じゃぞ!?」
「近道って、お金かかるんですねー」
「払うのはわらわじゃ!」
冒険者は時間を節約した。
大家は金貨五万枚を失った。
釣り合っておらん。
サタンは震える手で、次の書類をめくった。
「……待て」
第二階層の入居者一覧。
そこに、見過ごせない文字があった。
「『純金鎧のサイクロプス殿』の部屋が、退去……空き室になっておるぞ?」
高額な家賃を毎月きっちり納めてくれる、優良テナントだ。
名前を見ただけで、サタンの心が少し潤うほどの上顧客である。
「引っ越しでもしたのか?」
「いえ、退去じゃなくて『死去』ですー!」
「し、死去ぉっ!?」
「はい! 冒険者たちが『あいつ高額アイテム持ってるぞ!』って群がってきましてー」
サタンは、入居者名をもう一度見た。
純金鎧。
持っておった。 名前で分かるほど持っておった。
「お部屋の中でレイドバトルが始まっちゃって。サイクロプスさん、身ぐるみ剥がされて消滅しちゃいました!」
「我が社の貴重な上顧客がぁぁっ!」
「お部屋も血まみれの事故物件でーす!」
「追い打ちをかけるでない!」
家賃を払う者が消え、掃除する場所だけが残った。
サタンは請求書を握りしめた。
これでは話が違う。
冒険者の装備を回収するはずが、入居者の装備を持っていかれておる。
「あ、でも安心してください、社長!」
ミーシャが胸を張った。
「ちゃんと『モンスター店借人保険』に入ってましたから!」
「ほう……!」
サタンは顔を上げた。
保険。
なんと頼もしい響きじゃろうか。
「やるではないか、ミーシャ! それで、保険金はいくら下りるのじゃ?」
「えっとー……」
ミーシャは別の書類を広げ、指で文字を追った。
「住人の死去率があまりにも高すぎて、ギルドから『危険物件指定』されちゃいました!」
「……ほう?」
「保険金は下りませーん!」
「ほう……?」
「それで、来月からの保険料が、普通の不動産の数万倍になりまーす!」
サタンの笑顔が固まった。
「家賃のほぼ全部が、保険料でなくなっちゃいますねー!」
「全然安心できんわ、アホォォォッ!!」
勢いよくのけぞったサタンを乗せ、オフィスチェアがぐらりと傾いた。
今度は、いい感じのところで止まらなかった。
「のじゃっ!?」
椅子ごとひっくり返った。
宙に舞った請求書が、はらはらと降ってくる。
金貨五万枚の一枚が、顔にぺたりと貼りついた。
「う、嘘じゃ……」
サタンは床に転がったまま、か細い声を漏らした。
「がっぽがっぽのはずが……これでは完璧に、借金まみれではないか……!」
─────
「おのれ……こうなったら、今生き残っておる住人どもから、一銭残らず家賃を取り立ててやるのじゃ!」
サタンは顔に貼りついた請求書を引き剥がし、立ち上がった。
「ミーシャ、集金袋を持て!」
「はーい!」
不労所得のために、働きに行く。
─────
「おい、ミノタウルス! 今月の家賃がまだ入っておらんぞ! 早く払うのじゃ!」
乗り込んだ部屋は、確かに寒かった。
壁に大穴が開いている。
風通し抜群。抜群すぎて、室内なのにサタンの黒髪がなびいていた。
その部屋の主が、巨大な鼻からふんと息を噴き出す。
「うるせえ、ロリ魔王! 勇者が壁に開けた穴のせいで、部屋がめちゃくちゃ寒くて働けねえんだよ!」
ミノタウルスは高級そうなバトルアックスを抱え、居座っていた。
「金なんかねえ! 嫌なら力ずくで追い出してみろ!」
サタンの髪が、風に揺れた。
「ほう。元魔王に向かって、ずいぶんな口の利き方じゃな……?」
真紅の瞳が、すうっと細くなる。
小さい。
見た目は幼女。
さっきは椅子からひっくり返った。
だが、魔王を引退した理由は、弱くなったからではない。
金がなかったからだ。
「お部屋が寒いのは勇者のせいじゃろが!」
小さな右足が、大気を切り裂いた。
「滞納するなと言っておるのじゃァァッ!!」
「ぶべらっ!?」
体重一トンが飛んだ。
ミノタウルスは勇者の開けた穴へ一直線に吹っ飛び、その縁に巨体をぶつけた。
ずどん、と床が揺れる。
壁に、びしりと大きなヒビが走った。
修繕箇所が増えた。
「ひいぃぃ!? 払います! 払うから命だけはー!」
「今すぐ払え! 払えんのなら、その高級なバトルアックスを家賃の代わりに没収じゃ!」
サタンは小さな手を突き出した。
「あとでお前の死体と装備品を再構成炉に放り込む手間も省けるわ!」
ミノタウルスがバトルアックスを抱きしめた。
サタンが、さらに一歩詰め寄る。
そこで、ぴたりと止まった。
「……死体?」
赤い瞳が瞬いた。
「死去……事故物件……」
「しゃちょー?」
「そうじゃ!」
サタンはぱんと両手を打ち合わせた。
「住人や冒険者が死ぬから、事故物件になるのじゃ!」
「そうですねー。死んじゃいますもんねー」
「ならば、死なぬようにすればよい!」
名案だった。
少なくとも、思いついた本人の顔はそう言っていた。
「『死なないシステム』を、ダンジョン全体に上書きすればよいのではないか!?」
「はえー? 死なないダンジョンですかー?」
「そうじゃ! ミーシャ、中枢へ行くぞ!」
「はーい!」
サタンは駆け出した。
ミーシャも、集金袋を揺らしてついていく。
袋は、まだ空だった。
─────
ダンジョン中枢。
管理規約を刻んだ魔法陣の前で、サタンは袖をまくった。
「どれ……ここをこうして、これを消して……ええい、邪魔じゃな! まとめて上書きじゃ!」
小さな指が走るたび、魔法陣の文字が書き換わっていく。
「これより、我がダンジョン内で住人、冒険者、勇者が死亡した場合!」
サタンは魔法陣に手をかざした。
「そのまま消滅することなく、入り口に真っ裸でリスポーンする措置を取るのじゃ!」
「生き返るんですねー!」
「うむ! ただし!」
そこは、ひときわ大きな声だった。
「『ダンジョン特別利用規約』に基づき、復活の代償として、所持金と高級装備の五十パーセントを我が社が自動で強制没収するものとする!」
魔法陣が、かっと輝いた。
規約更新。
半分没収。
サタンは満足げにうなずいた。
「これなら住人が死去することもなく、事故物件にもならぬ!」
「お部屋、ずっと借りてもらえますねー!」
「そうじゃ! 冒険者は真っ裸で入り口へ! 我が社には装備とゴールドの半分が転がり込む!」
罠で倒れるたびに、ちゃりん。
魔物に負けるたびに、ちゃりん。
しかも、生き返る。
また来られる。
また払える。
サタンの赤い瞳が、きらきらと輝いた。
「これこそ、完璧なリサイクル&がっぽがっぽシステムじゃろ!」
「わあー! 今度こそ本当のがっぽがっぽですね、社長ー!」
「フハハハハ! 今度こそじゃあ!」
空っぽの集金袋を傍らに、二人は高らかに笑った。
─────
数日後。
ダンジョンの入り口は、パンツ一丁の冒険者で溢れかえっていた。
「クソッ! なんだ、このダンジョンは! 死んだら装備が半分消えて、入り口に戻されるぞ!」
「おれの自慢の聖剣の輝きが半分失われてる……!」
残された剣を抱きしめ、勇者が震えている。
聖剣はある。服はない。
隣では、パンツすら残らなかった冒険者が、両手で最後の尊厳を守っていた。
その様子を、防犯カメラ代わりの水晶玉で眺めながら、サタンはオフィスチェアにふんぞり返った。
「フハハハ! 見たか、ミーシャ!」
コーラをぐいっと飲む。
労働していないときのコーラはうまい。
「これで今月の収支は、世界の国家予算をも超える大黒字じゃろ!」
まだ帳簿は見ていない。
気分では、すでに超えていた。
「さあ、自動回収された金貨と装備の山を持ってくるのじゃ!」
「はーい、見てきまーす!」
ミーシャがスキップで金庫室へ向かった。
サタンは水晶玉へ目を戻した。
また一人、裸の勇者が増えていた。
うむ。
よい売り上げじゃ。
数分後。
「しゃちょー」
戻ってきたミーシャは、いつもどおりの笑顔だった。
金貨の袋はない。
高級装備もない。
代わりに、真っ赤な文字が並ぶ書類を持っていた。
「金庫の中、なーんにも入ってませーん! からっぽでーす!」
「……は?」
サタンの手からコーラが落ちた。
床に、しゅわしゅわと黒い水たまりが広がる。
「から……っぽ?」
「はい! 回収品は、ゴブリンさんたちが持っていってるみたいですー!」
「ゴブリン……じゃと?」
サタンは椅子から飛び降りた。
─────
短い足を全力で回し、第一階層のリスポーン地点付近へ急行する。
近づくにつれ、陽気な歓声が聞こえてきた。
「うおおお! 勇者の財布が落ちてきたベタ!」
「この魔法の杖、芋を焼く串にちょうどいいゴブ!」
「ウェーイ! 今日からオレたち富豪ゴブー!」
ゴブリンたちが、金貨と装備の山を囲んで踊っていた。
首から高級な首飾りを何本も下げた者。
財布をひっくり返し、降ってくる金貨を浴びる者。
高そうな杖に、芋を刺そうとしている者。
がっぽがっぽしていた。
わらわ以外が。
「お、お前たち……!」
サタンは震える指で、金貨の山を指した。
「それは会社の取り分じゃぞ! 何を勝手にネコババしておるのじゃーーーっ!!」
「え?」
財布を持ったゴブリンが振り向いた。
「だって大家さん、今月の家賃、払えないゴブ」
「だから取り立てておるのじゃ!」
「だから、これを家賃の代わりにするって言ったゴブ」
「ならば会社に渡さんか!」
「渡したゴブ。ミーシャさんが、家賃として受け取ったってハンコ押してくれたゴブ」
「……現物は?」
「ここにあるゴブ」
ゴブリンは金貨の山をぽんと叩いた。
サタンは金貨を見た。
ゴブリンを見た。
もう一度、金貨を見た。
「ミーシャがぁぁぁぁぁっ!?」
「あ、それ私でーす!」
追いついてきたミーシャが、元気よく手を上げた。
「家賃の代わりにもらっとくねーって、書類にハンコ押しちゃいましたー!」
にこにこ。
ぴーす。
「もらっとらんではないか!」
「あれー?」
「しかも元から会社の金じゃ! 会社の金を会社に払って、なぜお前たちの家賃が消えるのじゃ!」
「難しいことは分からないゴブ」
「ハンコはあるゴブ」
「家賃、支払い済みゴブー!」
領収書が、いっせいに掲げられた。
確かに押してあった。
我が社のハンコが。
「おのれ、不届き者どもめぇぇぇ! 会社に金を入れんかぁぁぁーーーっ!!」
魔王の怒号が、第一階層に響き渡った。
入り口では、また一人、勇者が裸で復活した。
回収された財布が落ちてくる。
「追加ゴブー!」
「拾うなァァァッ!」
サタンは財布へ飛びついた。
世界征服をやめた。
玉座も売った。
不動産会社の社長になった。
そして今、ゴブリンと財布を引っ張り合っている。
「ううう……がっぽがっぽのはずが……どうしてこうなったのじゃぁぁぁっ!」
ミーシャは空っぽの集金袋を抱え、こてんと首をかしげた。
サタンの目に、床で輝く金貨が映った。
「……つ、次は金じゃ!」
財布を握ったまま、顔を上げる。
「時代は金じゃ! ゴールドで資産運用なのじゃぁぁっ!」
借金は、まだ減っていない。
(めでたし、めでたし?)
最後まで読んでくださりありがとうございます。
面白い、続きが気になると思われた方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援をしていただけると嬉しいです。
感想もお待ちしております!




