朝を疎む
[あーっ、もう朝。やだなあ]
マヤマヤは色んなものが嫌いだった。例えば朝。太陽の出てくる瞬間が嫌いなのだそうで。何かの折に朝の何が嫌かをたまに力説するのが面白かった。
[生理が来るとあたしアタマおかしいから]
例えば生理。月の半分は生理のせいで気が狂うのだと言って、実際に言動が攻撃的になり、SNSで不特定多数と深刻な喧嘩をしてアカウントを停止されることもしょっちゅうだった。
[なんもできないから何かあるたびに男呼ぶサイレンみたいになってる女、全員嫌い。含我。]
例えば女。マヤマヤは女に生まれて女が嫌いな難儀なひとだった。殊更、自分で何もせず他人頼り、特に男をアゴで使うような女が嫌いだと言って、でも自分は男を使ってラクしたいと思っていると自己嫌悪してもいた。
[勢いだけで産んで自分の親代わりしてもらってるパパくんママちゃん多すぎ。子供産むな。子供持つな。]
例えば親子。マヤマヤは鋭いひとだったと思う。どこどこは親子が逆転している。というのが決まり文句で、実際、子供が親の機嫌を取り、面倒を見ているという瞬間は見逃しやすいだけで実に多いことを知った。
[他の動物の命使ってまで自分の居場所作ってるの信じられないんだけど。それおままごとの延長だって理解してる?]
例えばペット。愛玩動物すべてを嫌悪していた。人間のこころの欠陥を動物で埋めようとする鬼畜の所業だそうな。共感はしなかったが、視点と振り切れたような言葉遣いが面白くてその話を聞くのが好きだった。
そうしてマヤマヤは、嫌いにまみれたこの世から、当然のように去っていった。最期はアパートの1室で、冷凍庫に入れてトロトロに冷やしたウオッカを何杯となくあおったらしい。吐瀉物で気管が塞がって窒息、というのが酒毒の最期の相場らしいのだが、マヤマヤはそうではなく、中枢神経がアルコールで麻痺して呼吸ができなくなって命を落としたという。最期まで自分らしい人だった。
生きるのに向いていない人だったのだろうか。醜女に生まれたから余計に性格歪んだかも。とはマヤマヤ本人の言だが、むしろマヤマヤは、その容姿から想像もつかないほど、正直者で、自分を騙すことを特に嫌っただけなのだと思う。マヤマヤはありのままに醜いこの世を、えんえん言葉で殴りつけて、20代で力尽きた。
マヤマヤの、方向がいささか反社会的な清廉さを思い出すとき、私はマヤマヤに比べてなんと自分を騙すことが上手なのかとがっかりする時がある。私はマヤマヤのように、ダメだと思ったものをダメだと言いきれない。そうやって小狡く争いを避けて、程々に生きて程々に死んでいく。
もしもあの世があって、マヤマヤともそこで会えると言うのなら。あの激しい、爆発するような語り口で、嫌いを炸裂させるマヤマヤをもう一度見てみたい。強烈な左右非対称の、インパクト満点な相貌を、癇癪に任せてくちゃくちゃに歪ませるマヤマヤを見て、やっぱりとんでもねーヤツだ。と笑ってみたい。
私の知人のなかで最も強烈で、けれど決して嫌いになれない不思議な人がマヤマヤだ。自尊心や自己愛というものを全くかなぐり捨てて、ノーガードで言葉で喧嘩する姿は、もはや戦士のそれだった。たくさんの欺瞞を撥ねつけ蹴り飛ばして生きていたマヤマヤの命日が近くなると、なんだかまだマヤマヤに気後れするような変な心持ちがする。




