第5話 善意という名の檻
翌朝、ギルドから再び呼び出しがあった。
応接室に通されると、昨日と同じ男――ローゼンが、今度は一人で待っていた。机の上には、いくつかの書類が整然と並べられている。
「緊張しなくていい。今日は、提案だ」
そう前置きしてから、彼は言った。
「君を、ギルド専属の支援として迎えたい」
一瞬、言葉が出なかった。
「待遇は保証する。報酬、装備、研究支援。
危険な依頼に無理に出る必要もない」
条件だけ聞けば、破格だった。
辺境で細々と依頼を受けるより、はるかに安定している。
「……理由は?」
俺がそう聞くと、ローゼンは少しだけ目を細めた。
「単純だ。君が現場にいると、死者が出ない」
それは、褒め言葉のはずだった。
なのに、胸の奥が冷えた。
「逆に言えば、君がいない現場では――」
彼は、その先を言わなかった。
沈黙が落ちる。
「君を守りたい。
同時に、君の力を“管理”したい」
正直な言葉だった。
応接室を出ると、リーナが廊下で待っていた。
「どうだった?」
「……良い話、だと思います」
「思います、か」
彼女は、俺の顔をじっと見た。
「嫌なら、断っていいんだよ」
その一言で、自分が迷っていることを自覚した。
その日の午後、俺たちは別の依頼に向かった。
護衛任務。対象は、物資を運ぶ商隊だ。
戦闘は、なかった。
それでも、違和感はあった。
「……守られすぎてる」
カイルが小声で言う。
商隊の護衛には、別の冒険者もついている。
だが、彼らの動きが、妙に噛み合う。
俺は、何もしていない。
――はずなのに。
「気のせいじゃない」
リーナが言った。
「周りが……楽をしてる」
気づいた瞬間、背筋が寒くなった。
俺が“整える”ことで、
誰かが無意識にそれを前提に動き始めている。
戦闘が起きないまま、任務は終わった。
帰り道、リーナがぽつりと言った。
「ねえ。あんたがいないと、もう無理になる人、出てくるよ」
答えられなかった。
その夜。
ローゼンから渡された書類を、宿の部屋で見つめる。
専属契約。
保護。
管理。
どれも、善意でできている。
「……支援って、なんだろうな」
独り言は、誰にも届かない。
同じ頃。
別の街のギルドで、元パーティの報告書が回されていた。
「Sランク、二名重傷。撤退」
それを見たローゼンは、静かに息を吐く。
「もう、遅いかもしれないな」
何が、とは言わなかった。
翌朝。
俺はまだ、契約書にサインしていなかった。
だが――
世界のほうが、先に動き始めていた。




