第29話 元・管理補助だった者
彼女に会ったのは、偶然だった。
……少なくとも、俺にはそう見えた。
街を離れる前、補給の確認で立ち寄った外れの倉庫。
そこに、見慣れない女がいた。
年齢は分からない。
若くも見えるし、疲れた大人にも見える。
服装は簡素だが、どこか場違いだった。
「……見学ですか?」
声をかけると、女はゆっくり振り向いた。
「いいえ」
即答だった。
「確認です」
意味が分からない。
「何を?」
女は、俺をじっと見た。
視線が、測るようでもあり、懐かしむようでもある。
「まだ、間に合うかどうかを」
その言い方に、背中が冷える。
「……誰ですか」
「エリス」
短く名乗る。
「あなたの言葉で言うなら――
元・管理補助、です」
嫌な単語だった。
「国家の?」
「いいえ。もっと古い」
彼女は、倉庫の壁に背を預けた。
「世界、です」
冗談には聞こえなかった。
「……何の用です」
「忠告」
それも、即答。
「あなた、今“ちょうど私と同じ場所”に立ってる」
俺は、無意識に拳を握った。
「俺は、世界を管理する気なんて――」
「分かってる」
エリスは、遮る。
「私も、なかった」
その言葉が、胸に引っかかった。
「私はね」
彼女は、淡々と語る。
「困ってる場所を整えただけ。
判断が遅れるなら、補っただけ」
聞き覚えがありすぎる。
「最初は、感謝された」
彼女は、少し笑った。
「次に、待たれた」
笑みが消える。
「最後は――
私がいないと、何も始まらなくなった」
静かな声だった。
「それで?」
俺は、喉の奥が渇くのを感じながら聞いた。
「世界は、安定した」
エリスは言う。
「戦争は減った。
飢饉も、疫病も」
理想的だ。
「でも」
一拍置く。
「判断しない世界になった」
その言葉は、重かった。
「間違えられない。
やり直せない。
修正が、できない」
それは、停滞だ。
「……それで、あなたは」
「外された」
簡単に言った。
「管理は、完全にシステム化された。
人は、戻れなくなった」
倉庫の外で、風が鳴る。
「あなたは、私より優しい」
エリスは、俺を見た。
「だから、同じ失敗をする可能性がある」
否定できなかった。
「じゃあ、どうすればいい」
絞り出すように聞く。
エリスは、首を振った。
「答えは教えない」
即答だった。
「私が答えを出したから、世界は歪んだ」
沈黙。
「一つだけ言えるのは」
彼女は、踵を返す。
「正しさを、集めるな」
それだけを残して、歩き去る。
「……待ってくれ!」
呼び止めると、彼女は振り返らなかった。
「次に会うとき」
背中越しに言う。
「あなたは、
“唯一無二であること”を
やめる覚悟ができてる」
それだけだった。
彼女の姿は、人混みに溶ける。
俺は、その場に立ち尽くした。
敵ではない。
味方でもない。
ただ、**先に失敗した人間**。
それが、エリスだった。
胸の奥で、何かが軋む。
俺はまだ、答えを出していない。
でも。
このまま進めば、
同じ場所に行き着く。
それだけは、
はっきりと分かってしまった。




