第13話 いないはずの場所
その知らせは、予定表にはなかった。
午後の報告書確認を終え、部屋で一息ついていたときだった。
扉を叩く音が、いつもより強い。
「……どうぞ」
入ってきたのは、セラフィナだった。
だが、いつもの落ち着いた表情ではない。
「レオンさん」
一拍、間があった。
「前線で、事故がありました」
胸の奥が、静かに沈む。
「死者は?」
「……今のところ、確認されていません」
“今のところ”。
その言葉が、嫌に重い。
「ですが、重傷者が出ています。
支援が、想定より遅れました」
俺は、無意識に立ち上がっていた。
「場所は?」
セラフィナは、すぐには答えなかった。
「あなたが、今回のローテーションから外されている区域です」
言われなくても分かった。
俺が“行かなくていい”と判断された場所。
「……行けますか」
自分でも驚くほど、声は冷静だった。
「規定では、不可です」
それも、分かっている。
「ですが」
セラフィナは、視線を落とした。
「現場から、あなたの名前が出ました」
一瞬、頭が真っ白になる。
「どういう……」
「『レオンがいれば助かる』と。
そう、言われたそうです」
胸が、痛んだ。
行けば助けられる。
行かなければ、規定は守られる。
――まただ。
選択を、突きつけられる。
「正式な要請は、まだ出ていません」
セラフィナは、静かに言った。
「今なら……あなたが“知らなかった”ことにもできます」
逃げ道。
彼女が、用意してくれたものだ。
俺は、深く息を吸った。
「……現場の指揮官は、誰ですか」
「中堅将校です。
あなたの支援を前提にしない戦術を組んだと」
前提にしない。
それは、正しい。
でも。
「……分かりました」
俺は、座り直した。
「今回は、行きません」
口にした瞬間、何かが軋んだ。
セラフィナは、驚いたように目を瞬いたが、すぐに頷いた。
「了解しました。
では、後方から可能な範囲での補助に切り替えます」
遠隔支援。
限定的で、効果は薄い。
それでも、何もしないよりはいい。
数時間後、報告が入る。
「重傷者二名、命は取り留めました」
安堵と同時に、別の感情が湧く。
――助かった。
でも、無傷ではなかった。
夜。
俺は、庭に出て空を見上げていた。
今日も、世界は回った。
俺が行かなくても。
それなのに。
「……これで、正しかったのか?」
誰に向けた問いでもない。
少し遅れて、セラフィナが隣に来た。
「正解かどうかは、分かりません」
彼女は、はっきり言う。
「ですが、これは“あなたが選んだ結果”です」
その言葉に、救われた気がした。
同時に、理解した。
俺がいない世界は、成立する。
だが――
成立することと、
守れることは、同じじゃない。
そしてきっと。
世界はこれから、
**その差を、理由にする。**




