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第6話 百貨店で読書を

思った以上に書き直しに時間がかかってしまいました。第6話です。劇中劇も始まり、予定では2話程度つづいたのち、また現代のエリさんと守屋くんの話に戻るつもりです。

 催し物会場のイートイン席は中2階にも設けられていて、そこからは「おいもパラダイス」の会場全体が見下ろせた。

 湊エリはギブスをはめた足をかばいつつ姿勢を変え、眼下を見わたした。

 たしかに会場は芋にあふれていた。ここにいるだけで気分は上向く。

 芋プリン、芋ケーキにソフトクリーム、スイートポテトときて、「大学芋もシンプルでいいなあ」と、エリは独りごとをつぶやいた。銘菓いきなり団子は見当たらないが、知らない品種の焼き芋が派手なポップ付きで売られている。

「芋スムージーって生芋を使うんじゃないよね」とエリがいうと、

「そりゃそうでしょ」とかたわらの千草がいった。ふたりは舌なめずりして攻略の順番を考える。

 クレープと芋ブリュレのどっちを先にするかを相談していると強烈なポスターが目に入った。えっ、芋モンブラン&ベリーアイスパフェってのはなに?あれだよ!ほら!すごい!

 イマジナリー千草と立ちあがろうとした直前、エリは現実に還った。

 もちろん隣席に相棒はいない。

 脳内の千草との会場巡りは楽しいが、あとの虚脱感がキツいのでこれぐらいにしておこう。

 それに、さっき病院で会った千草の青白い貌がまぶたの裏から消えない。今もちょっぴり思い出しただけで胸が痛くなってしまった。

「くそっ。なんでよ。本当ならここから一緒に…」エリは力無く丸テーブルに顔を伏せた。イマジナリー千草がやさしく肩をたたいてくれる。


 だが、すぐにエリは自分にいいきかせた。

 楽しい日々が二度と戻らないと決まったわけじゃない。

 希望はまだある。きっとある。

 悦子おばあちゃんによれば、例の坂東女史とその手下たちは、千草があんな状態になった原因にある程度見当をつけているようだ。

 むろん崩落事故とは別と考えていて、鍵をにぎると思われる人物 ——彼女を病院に運んだ人 —— の特定を急ぐとともに、坂東たちが前に手がけた別の事件との関連性を「慎重に調査している」とだけ教えた。

 さらにその一環と称し前乗りしてきた坂東配下の医療チームが眠れる千草の身体をいろいろと検査した ——いちおう女医さんチームだったようだが—— そうだし、誰かの血を浴びた彼女の制服に至っては、詳しく分析したいと東京へ持ち帰ってしまった。

 そして、もっと具体的な説明がほしいとのリクエストには口を濁しつつ、

「われわれはお孫さんに回復の余地は十分あると考えます。ただ、原因解明と適切な治療法の特定にはいま少し、時間と情報の精査を要します。ご理解と引き続きのご協力を」などとかっこよくまとめたそうだった。


 と、いうことは、いちおう坂東たちに千草を救おうとする意欲はあるわけだ。よろしい。

 かといって、エリ的には連中を無条件に信頼する気にはなれない。慈善団体とも思えないし、きっと真の目的があるはずだ。それがなにか見当もつかないけど。

 もしかして、今回の事件はテロリストのしわざとかなのだろうか。千草は特殊な薬物のテストに使われたとか。なら坂東は隠れ公安?それとも別班?


 千草をミステリー&ホラー・ファンタジーのひととすれば、エリにはスパイアクション&サスペンス嗜好がある。坂東との面会が決まって以来、そっち方面の妄想が膨らみすぎてるのは自覚していた。

  さっき病院から出る際にも、一階ロビーにあるコーヒーショップに潜入捜査員っぽい人物がバイトしていないかたしかめたほどだ。できれば金髪・長身・エプロン姿のイケメン店員が望ましいが、もっさりした兄ちゃんしかいなかった。現実のトリプルフェイスってやっぱりあんなのかしら。


 しかし、たとえ動機がなんであれ、坂東たちの示唆した千草の回復可能性は信じたいし、なんとしてでも実現したい。

 そのためにはなにが必要で、私はなにをすべきなのだろうか。エリはイートインコーナーの片隅で熟考したが、すぐ実行できそうなのは神社に参って病気平癒のお守りをもらうぐらいだ。

 —— マジでどうすりゃいいのかな。

 考え疲れた彼女はおいもパラダイス会場へと視線を戻した。

 会場はいっそう賑わっていた。時間のせいか仕事帰り風の客が増えている。芋けんぴの加州屋の行列も、さらに長くなった気がする。

 おお、そうだった。エリは守屋を探した。

 いた。

 女性比率が高くカラフルな行列の中に、真面目な顔の黒い詰襟学生服が突っ立っている。本来なら代役をさせた罪悪感を少し感じるべきなのだろうが、どこか途方に暮れたようなやつの姿がなんともおかしく、しばらく鑑賞してしまった。イマジナリー千草にも「みてよ。あれ。おもろくない?」と勧める。


 その風貌と寡黙さから当初、「なんか怖そう」と敬遠する同級生すらいた守屋が、わりかしナイスガイというのは、例のバンパイア・ホームズがらみで接触の増えた結果、エリにはわかってきた。

 最近は互いにうちとけて、視線が合えばうなずきあうし、食堂で出くわせば相席したり、荷物運びにも依然こき使っている。今日、代理購入をもちかけてくれたのもその延長といえよう。

 とはいえ男子のやらかしがちな馴れ馴れしさはまだ守屋においては発動せず、キープディスタンスは守られている。ただの人見知りではなく他人とは一定距離を置くとの思想信条みたいなのがあるのかも。ふと、エリはそう思った。買い被りだろうけど。

 なお、彼と彼女との間に生じた変化はすでに感知され、中野という詮索好きな女子からはさっそく、

「ねえ湊、守屋とは別になにもないよね」と、否定疑問文によるチェックが入った。

「なにかあったら面白い?」

「まあ、ね。はじめは取り合わせに意表をつかれたけど、これもありかなって」

「美女と野獣って感じ?」

「うーむ、SM女王と奴隷かな」


 そんなやりとりを思い出していたエリの頭に、

(ところで、千草はなんで守屋にあんなに興味を抱いたのだろう)との疑問がまたよみがえった。

 友人として悪くないのは認める。が、探偵ヒーローとの同一視にはやはり無理を感じる。

 千草の好みのタイプとも大違いだと思うのだが、小説のアンバー少年との間に、決定的な共通点でもあったのだろうか。それともただの気の迷いか。イマジナリー千草にも問い合わせたが、返答はない。

「そうだ、読んどかなくちゃ」預かった千草作の冊子を取り出し、バンパイア・ホームズ最新話をパラパラめくる。

 —— へえ。過去の話とは聞いたけど。逆コナンかよ。

 これまでの主人公は少年といってもハイティーン、それも工藤新一みたいに時に大人を凹ませるキャラと設定されていたように思うが、最新作は5年以上前の話となっていて、アンバーは子供っぽく、どこか自信なさげだ。


 物語は、馬車の事故で負傷し田舎の療養施設に送られた主人公・アンバーの周囲に起こった不可解な野良犬の大量死からはじまっていた。そして施設周辺に出没する怪しい悪相の男が、実は兄たちの手配した用心棒・グラハムだったり、小さなアクションシーンを挟んだりしたあと、ついにロンドンへと向かう様子が第3章までに描かれていた。しかし千草の件の参考になりそうな描写はみあたらない。

 ざっと読んだエリは第4章に目を止めた。アンバーはついに列車の旅に出たが、それは姿の見えない敵を避けながらの旅だった。そこに気になる一文を見つけた。彼の叔母もまた事故のあと眠り続けているのだった。


 第4章


 ひとり混雑する駅舎を歩き、目印と教わった女神像に少年がたどりつこうとしたそのとき、背後から聞きおぼえのある声がした。

「よおぼうず、初めてにしちゃ上出来だ。時間どおりだな」

 さびた声の主が誰かはすぐわかった。アンバーなりに周囲を警戒していたのに、まったく接近に気づけなかった。あわてて振り返ろうとすると、ささやき声が止めた。

「とまるな。まっすぐ前を向いたまま道なりに進め、アンバー・C・ホームズ。乗り換え場所はもっと先だ」

「はい」

「じかにおれを見るな。目で探さず、気配だけで速度を合わせてみろ」

「わかりました、ミスターグラハム」

 仕方ない。勘だよりでどうにかやってみると、しばらくしてまた声がした。

「まあ、そんなところだ。だがこういうやり口は覚えておいて損はない。女の子とこっそり手紙を受け渡しするのにも使えるし、スリにもな」


 ベテランの闘犬みたいな外貌から、拳闘家あがりの用心棒と知り納得しかなかったグラハムの素性だが、それはあくまで表向き、実際は長く防諜活動に従事したやり手だと先日、彼の現在の雇用主であるマクラウド女史に教わった。が、本人の口から聞いたのははじめてだった。思わず前を見たまま聞きかえした。

「ぼく、人の役に立ちたい気持ちはあります。でも不器用だし、できるかな」

 声が返ってきた。

「気の毒なほど適性の無いのも時々いるが、今日の様子じゃ大丈夫そうだ」

「逆に、どんな人が向いているんですか」

「一概にはいえんな。やってみないとわからんし期待外れは多い」といってグラハムは「そうそう」と付け加えた。

「以前、人に頼まれ好事家だという名門大学の学生さまに一通りご教授申し上げた。尾行とか変装とか暗号とかそんなのを、時間の無駄だと思いつつ。ところが瞬く間にコツを飲み込み応用し、おれと仲間をあざむいた。驚くより呆れたよ。万人に一人の逸材だな、ぼうずのシャーロック兄さんは」

「そ、そうですか。ミスターグラハム」


 そして、あくまで距離を保ちながらグラハムは、

「そうだぼうず、腹はすいてないか」と聞いた。

「いえ、それほどでもありません」

「そうか。だが乗り換えにはまだ時間がある。今度はうんとすてきな車両に乗れるはずだが、自由にはふるまえない。その前にちょっと休憩といこう」

 動き出したグラハムとつかず離れずの距離を保ちつつ、アンバーはまた人でごったがえす駅舎を歩いた。ふいにグラハムが角を曲がった。どうにか着いてゆくといつのまにか広い通路の途中という感じの空間に出た。

 そこには大小のテーブルが置いてあって人々がいた。ポットからは湯気が上がっている。露店である。

「こっちにきな」そういいつつグラハムは大きなテーブルの前にいた禿頭の男性になにやら注文した。

「すぐに用意してくれるから、それを持って乗り換えだ」

「ここは、お酒を飲むところ?」

「コーヒーだ。眠気覚ましにちょうどいい」

 

 今度ばかりはグラハムの近くに場所をとったが、そこからは駅舎を移動してゆく人々の流れがよくわかった。少年がそれを見ているとグラハムは、

「けっこう見晴らしがいいだろう」と、自慢げにいった。「冬は寒いが、自然と噂話も耳に入る。こういう場所をあちこち知っておくと便利だ。監視に使えるし誰かが追ってくるのもわかる」

「やっぱり、僕には尾行がついていたのですか」

「いいや、今のところは。だが油断しないにこしたことはない」

 出されたパイのかけらと金属のカップに入ったコーヒーをアンバーは慎重に口に含んだ。その少年の顔を見るとグラハムはかすかに笑い、

「ぼうずは、なりは大きいし肝も太いがまだまだ子供だ。怖くて眠れなかったりしてないか。正直に話せ。兄さんたちにいいづらいことだってあるだろ」


 今回の急な旅立ちについて、いわゆる暗黒街で「伯爵」と呼ばれる人物がホームズ兄弟、とりわけ末弟のアンバーに執着し、つけ狙っているのが背景にあるのはわかっている。

 ただ、相手の真の目的はわからない。また、伯爵は他の職業的犯罪者からも得体の知れない存在と怖れられ、「吸血伯爵」という二つ名まであった。逆らった者は血を一滴残らず抜かれ殺されるのだそうだ。

「いえ…はい」アンバーは頭を垂れた。「本当は怖くてたまらない時があります。相手は人と思えないのが特に。怖がらせるためそんな噂を流してるのかとも思いますが、それでも」

「そうだな」グラハムは思わしげな顔をした。あらゆる経験を積んだ老犬みたいだった。

「話はかわるが、叔母さんにお変わりはなかったか」

 信じ難いが、少年の叔母とグラハムとに面識があったとは、つい最近聞かされたところだった。

「ええ。旅に出る直前、会ってきました。相変わらずベッドの上にいて目は閉じたままでした」

 アンバーの母親代わりをつとめてくれたメイベル叔母は半年前、彼と一緒に馬車の事故にあって以来、一度も目を覚ましていないのはグラハムも知っていた。

 グラハムはうなずくと、また聞いた。「ところで今日、厚めの靴下を履いているか?」

「え、ええ。履いてます」

 

 とまどう少年に、グラハムはポケットからずんぐりした棒を取り出し、示した。

「見たことぐらいあるだろう。ふつうは靴下に挟んでおく。あんたの兄上たちが知ったら『大事な弟にスコットランドのクソ野郎じみた真似をさせるな』と怒るかもしれないが、とにかく身のどこかにつけておけ」

「ふ、二人はそういういい方はしないと思います」

 グラハムが棒を両手で引き、すぐに閉じた。一瞬だけナイフの鋼の刃が光った。

「折りたたみは便利だが捻ったりに弱い。これは単純かつ丈夫だ。それに普通の刃物でもない。伯爵みたいなのは昔からいて、普通の武器が効かなかったりする。そんな場合のためのものだ。いや、ぼうずにこれで斬り合いをしろといってるわけじゃない。ただ持っておけ」

「まじない、ですか」

「ああ。迷信かもしれないが、相手も迷信の世界の住人だからな。端折って話すと、おれは昔、おとぎ話に出てきそうな化け物とやり合う羽目になった。おれの前にそいつとからんだ奴は、射撃の名人だったが無惨に死んだ。おれも死を覚悟していたら、偶然知り合った叔母さんがこれを下さった。この刃を鍛えたのは人ではない。霊性があなたをきっと助けるといってな。彼女もかつて御守りとして渡されたそうだ。おかげでおれは無事生き延びたし、曰く付きの幽霊屋敷に閉じ込められた折もなんとか脱出できたよ」

「幽霊屋敷?」

「ああ。ろくでもない経験ばかりしてるのさ。だが、今はこれを叔母さんにお返しするべきだったと後悔している。叔母さんが災難に遭ったのもこれが無かったせいじゃないかとな。だからおまえが持て。そして自分を救え」

「…はい」

「じゃあ行くか。腹の足しになる物は買った。あとで食いな」 


 グラハムのがっしりした背について喧騒をかきわけてゆくと、驚くほど大きい屋根に覆われたホームへと出た。ずらりと並ぶ機関車が蒸気を吹き上げる様は、太古の巨大な生物が咆哮しているようだ。

 これほどの数の車両を見たのは少年にとってはじめてで、つい立ち止まってしまった。

「すごいな…」

 しばらくの間、少年は自分が敵に追われる立場なのを忘れ、壮観に見入ってしまった。

「相変わらず不思議な度胸があるな、ぼうずは」

 怒られるかと思ったら、口調はどこか楽しげだった。

「もっと緊張したほうがいいでしょうか」

「いや、それでいい。緊張は集中を生むが、過ぎると失敗を招く。それに年頃の男の子が機関車に無関心ってのも不自然だ。さあ、あれだ」と端にあった車両へと歩いてゆく。


 これから乗るのは三等車、よくて二等だとばかり思っていたのに、グラハムは鋭い目つきでいったん周囲を確かめてからずんずんと少年を一等車へと連れて行った。

「いいんですか、こんなところに入ったりして」

「ああ。上品なおれにぴったりだろ。車掌だって大歓迎さ」と、すさまじい笑顔を見せた。彼のジョークにだけはなかなか慣れない。

「まさか無断乗車?」

「それをやるのはおれ一人のときさ」

 彼は帽子と制服姿の男になにか声をかけ、そのまま少年を伴って車両に乗り込んだ。

 一等車は他の車両とはずいぶん異なり、美しい木目の内装があって座席も布張りだった。歩きながら感心してアンバーが見ていると、グラハムは迷う様子も見せずにひとつのコンパートメントへと彼を連れて行った。

 乗員に追い出されないかと心配しつつ中を見ると、すでに三人の男女が腰をかけていて、じろりと少年を見た。

「あっ、お邪魔しました」アンバーはとりあえず謝った。怒られそうだったからだ。

 地味な服装の年配女性に、灰色の髪をした老紳士。奥には妙な帽子をかぶった肥大漢が陸に打ち上げられた鯨のように座っている。

 だが、三人がそれぞれ少年を見返した視線から、すぐ正体がわかった。鋭さと力強さはとても老人とは思えない。

「ご、ごきげんいかが、お兄さんたち。それと…ミス・マクラウド。今日はあいにくの天気ですね」

「あら。少しぐらいは迷ってもらえるかと思ったのに」年配女性が残念そうにいった。帽子と顔をあげると、花の咲いたような美貌によって客車が明るく感じられた。

「おそらくマイクロフトの変装が粗雑だったのが敗因だ」と、カツラを軽く叩きながら次兄がいい、「努力はみとめてほしい」と長兄がうなるようにいった。






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