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第1話 千草の仮説と不思議な少年

ホームズパスティーシュ(といえるかどうか)に挑んでみました。基本は現代の高校生が主人公で、ときどき19世紀英国が舞台のアンバー少年の話が混じりますが、劇中劇という感じになればと思っています。気楽に読めるホラー風味アクション小説ユーモア入りのつもりです。お読みいただければさいわいです。 布留

 少年の駆け込んだのは、操車場の一角に設けられた簡易修理所だった。

 深夜とあって人影はなく、ただ灰色の壁に区切られた空間があるだけだった。

 彼はためらいなく膝をついた。衣服はあちこちが破れ、乾いた血がこびりついているが傷や怪我の痕はない。頭を地面すれすれに下ろし、耳をすませるように目を閉じた。

 吹いてきた夜風が首のマフラーをそっとゆらす。


「よし、そこからうごくな」いきなり怒声がひびいた。

「みなさい。車両どころかなにも無い。残念だがこれでおしまい。行き止まりだ」ミラー警部が追いついたのだ。

「これ以上逆らってはならん。いまなら重罪だけは逃れられる」

 姿勢を戻した少年は静かに答えた。

「いいえ、ここでいい。ここが終点です」

 そして手に持ったステッキで、傍にあった鋼製の台座をさし示した。

「大胆さこそが偽装なのです。あの下が地下への入り口になっています」

 だが、見るからに重たげな台座は、容易に動くとは思えなかった。


 警部が苦笑した。「明るいうちなら酔狂にも付き合ったが、まもなく午前2時。私も部下たちも疲れたよ。いいかげんにしてくれ」

「当初はホームも疑いました。でもあそこは予想以上に反響がひどい。魔法でも消せないほどに」せかせかと少年は続けた。「そうやって可能性のないものを消して行くと、残ったのはこの操車場のみ。逆にここならすべての辻褄が合い、筋道だてた謎の説明ができます」

「少し飛躍が過ぎやしないかな。君ら兄弟に共通の傾向だが」

 警部の皮肉には答えず、腕組みした少年はぐるぐるとその場で歩き回りはじめた。

「なぜウォーカー氏の死体には腕がなかったのか。なぜイーガン技師の首だけが見つかったのか。すべてここの地下に理由があります。消えた車両はもちろん、おそらく設計図もまだ中にある。そして爆薬も」

 警部は怖い顔をして黙り込んだ。ランプを持った若い警官が、困惑した顔をして彼と少年を交互に見た。

 思案顔だった少年は、いまではミラー警部の顔をじっと見つめている。


 しばらくすると、警部はゆっくり首を横に振りながら話しかけた。

「ねえ、君。無いものは見出せない。無から有は生じない、だよ」

「おっしゃるとおりです。でもここだという事実は変わらない」

 すると警部は、制服警官たちを後ろに下がらせると、自ら少年に歩み寄り、ささやき声で話しかけた。厳しい顔つきにはにあわない優しい声音だった。

「勇敢で頑固なアンバー。これ以上私を悲しませないでくれ。君が考えている以上に私は君を買っている。ブラウニーだとか魔物遣いだとか、君の馬鹿げた『推理』にも可能な限り付き合ったつもりだ。今夜もそうしたかったが、もはや時間切れなんだ。事態はわれわれ警察の手を離れようとしている」彼は言葉を切って操車場の脇にひっそり立つ人影に視線を向けた。

「君はやたらと夜目が効く。あそこにいる紳士たちが見えるな」

「ええ、三人います。推定年齢35〜45、揃って首が太く厚底靴を履いている。軍務経験者かな」

「彼らは第8分室と呼ばれる機関からきた。詳しい立場は私の口からは明かせないが、コートの下には軍用拳銃を携えている。君が抵抗すればためらいなく撃つ。そのための許可証もある」

「それは、ちょっと格好良いかも。女王陛下の暗殺団ですか」


 苦笑した警部は、少年の耳元に顔を寄せると、より親しげにささやいた。

「度胸があるのは悪くない。だが今夜はだめだ、アンバー。あの不敵極まりない君の兄上だって、ことこの状況に至れば従容とふるまうだろう。それとも、最後にばかげた手品でも見せてくれるつもりかね」

「僕は、兄たちと違ってマジックの素養はないですが」アンバーは微笑した。

「さいわい風向きが変わりました。なにか匂いませんか」

「いったいなにがしたいのだ」警部はついに焦れたようにいった。「まったく最近の君ときたら、兄上の悪いところばかり真似をして、それだから…」

 しかし急に警部は動きをとめた。鼻をくんくんならすと、

「これは、なんとも、表現し難いくささだな」と、顔をしかめた。背後の若い警官たちも口元を手で覆ったりしている。かすかだが独特の悪臭があたりに漂い出していた。

「比喩じゃなかったのか。君のいいたいのはこれか?」

「ええ。これが地下に秘密工房のあるあかし。隠してある通気孔から地下の空気が上がってきたのです。ふだんのここは煤煙はじめにおいに満ち満ちてますから、ごまかせたのでしょう」

「ふつう、音も一緒に伝わるのではないかね。なのに誰も気づかなかったと?」

「音のしないのは隠蔽魔法と工具に頼らない術の併用を意味します。熱や溶解液を用いているのでは。だから残土も出ないし、行方不明の人々はそれで始末されたはず。ところが、臭気までは魔法でもうまく消せないのですって」

「ひどい仮説にもほどがあるぞ…」警部は黙り込んだ。

「あと、これほどくさいのは、まさに掘削工事中なのかも。連中の今夜の目的地が宮殿でないのを祈ります」


「しかし、たとえ私が信じてもあの男たちは聞き入れまい。己の母親すら信用しない奴らだ。君に耳を貸すどころか噂の広まるのを銃弾で封じようとするぞ。なにより秘密保持を重要視している。秘密そのものよりも」

「なるほど。では、こうしましょう」

 少年とは思えない長身を翻してアンバーは灰色の壁の前へと戻った。そして撫でるように壁面を調べていたが、ある場所で動きを止めた。

「ありました。2羽の椋鳥スターリングです。これが開門術を発動させます。もしかしたら、仕事を邪魔されたブラウニーたちが怒って殺到するかもしれませんが、対応は分室の皆さんお得意の銃に任せましょう。警部たちはうまく逃げてくださいね」

「なにをするつもりだ」

「あの物知りのマクラウド女史によれば、こうやると開くのだとか」と、いってから少年は、ステッキの握りで壁面を2箇所、繰り返し激しく叩いた。さらに「オスティウム、オスティウム」とどなるなり、壁に体当たりした。痩せた少年とは思えないほどの地響きがして、それに応えるように地面が小さく震えはじめた。

 警部たちが唖然と見ていると、次第に揺れは大きく激しくなって、土煙が立ち上った。

「まさか!」


 ふと、自ら製本した私家本「少年探偵バンパイア・ホームズvol.4」から目を上げた武藤千草は、ベンチの上に座ったまま、ミラー警部と同じく「まさか」とうめいた。

 日が傾くにつれ、明治橋駅の構内にさす光が赤みを増していた。その中をひょろりと細長い少年がひとり、大股に渡ってゆく。

 昔風の詰襟学ランにうつむき加減の白い顔、くしゃくしゃの長髪。旧学制の時代からタイムリープしてきたと思えなくも無いその微レトロな姿は、

 —— どうみても守屋くん。なんでここにいる?シンクロニシティって、これ?


 この明治橋駅が守屋少年の通学上の乗降駅でないのは知っていた。

 とはいえこの近辺ではもっとも古い基幹駅である。百貨店に大型書店、映画館は数年前なくなったが、めぼしいファストフードの店舗だってそろっている。衝動的に降りてもおかしくはない。しかし、かいま見えた彼の顔つきは前回会ったときよりずっとけわしかった。

(どこへ、何しにゆくのかな)

 さらに守屋は、日本刀でも入っていそうな細長い布包みを握りしめていた。まるでカチコミに行くみたいだ。

 自分でも理解し難い探究心が、千草の胸中に膨れあがった。


 彼女と守屋とは高校も違い、特に親しい間柄ではない。千草の幼馴染にして相棒・湊エリの同級生という縁から面識を得て、一対一で会話した経験もあるが、別に花は咲かなかった。むろん憧れとか恋愛感情とか、(あるわけない)と言い切れる。

 では、なぜこれほど気になるのか。

 それは、他人から見れば実にくだらない理由なのは、彼女にもよくわかっている。


 千草には、およそ一年前から熱心に読んでいるweb小説がある。シリーズ名を「少年探偵バンパイア・ホームズ」という。

 タイトルからわかるように、数多あるシャーロック・ホームズパスティーシュのひとつだが、主人公はシャーロック氏ではなくその十代の弟と設定される、一種のYA小説といえるだろう。さらにミステリーよりアクションホラー風味が強く、主人公とからむのも魔人に悪霊、連続殺人鬼に人造人間とにぎやかだ。

 なお、さっき読んでいたのは第4話「ビクトリア駅の椋鳥」なのだが、まだシリーズ全体で6話分しかなく、書籍化もされていない。プロフィール不詳の作者を含め現段階では情報の限られたコンテンツといわざるをえない。

 そのため千草はキャラクター表をつくり、いつでも読めるよう各話ごとをまとめた自家用の冊子を持ち歩き、浮かんだ疑問や謎について彼女なりに考察や推論を立てて楽しんでいる。

 自分でもお気に入りの仮説は、19世紀ロンドン各地のはずの毎話の舞台が、実際には現代日本の、それも千草にも身近な場所を元に描写してあるというものだ。ただしこれについては、単に作者が同郷人というオチの可能性は高いし、前出の親友・エリの意見もそうだった。

 残念なことに、エリは当初からこの物語世界を好まず、一読しての感想も「アンバーって主人公の名前、英米じゃ女の子のだよね。作者が適当なだけじゃない?イギリスのことなんてほとんど知らないんだよ」というものだった。とはいえ、友人思いの彼女らしく、千草の思いつきトークを一度はがまんして聞いてくれる。


 さて、先日の深夜になって突然、第7話「緋色の十字架」が公開された。

 シリーズ初の過去話であり、千草の胸は大いにざわついたのだったが、作品に点在するフラグメントを整理すると彼女自身が「いくらなんでも」と思ったある仮説が、なまなましさをもって立ち上がってゆくのを感じた。

 守屋を見知ったのは、エリと一緒に外出した際、偶然出会って以来である。

 くたびれた庭箒みたいなやつだな、と見上げつつ、(現実にアンバーがいたら私との身長差はこんな感じ?)と思ったりした。

 その時はそれで終わったが、そのあと二度ばかり顔を合わす機会があり、さらにエリ経由で彼の個人情報を知るにつれ、妙な暗合に首をかしげることが増えた。

 そして最新話だ。

 読み進めるうち、「これを偶然とかいわないでしょう!なんのつもり?」と口走る自分がいた。

 冷静になろうと陽がのぼってから読み直しても、こころは千々に乱れっぱなしだった。

 エリが読めばいつもの醒めた指摘をくれるだろうが、不運にも得意とするスポーツ中に脚を怪我してしまい、web小説どころではない。

 なのに、守屋本人と出くわしてしまった。

 —— どうしよう。きゃつめとアンバーが、私の内側でうまく分離できない!


 今夕の千草は、ここ明治橋駅で同じ高校の生徒たちと待ち合わせの約束がある。

 相手は男子が三人。

 ただし娯楽目的ではなく楽しみもない。授業の延長でありクラスメイトの代役であり、浮世の義理という表現が一番スッキリする。むしろ彼らと電車に乗るのを嫌い早く出たぐらいだから、時間的にはまだ十分余裕があった。

 —— よし。こうなったらきっちりカタつけてくれるわ。

 千草はとっさに決意した。内心のどこかに、あとの約束を忌避したい気分があるとは思うが、とりあえず前進だ。

 彼女の性格なら決めたらあとは早い。私家本をカバンにしまうと、

「都合で少し遅れる。先に作業をすすめておいて」と、合流相手に通知だけして、やや距離をおいて後方から守屋の追跡を開始した。

 (真剣に尾行の必要はない。あいつと彼とは別人、となんとなく腑に落ちればその時点で終了だ)と自分に言い聞かせながら。


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