伝説の剣を抜く勇者
『伝説の剣』を、抜けなかった。
商人の俺が、神のお告げとやらで勇者に担ぎ上げられてからは、王城にて修行に次ぐ修行を課され、非常に難儀をした。が、おかげで剣術と魔術を身に付けることができた。
いよいよ出立となったとき、王様が教えてくれたことがある。
「魔王は『伝説の剣』でないと、倒せないと言い伝えがある。『伝説の剣』は、勇者でないと引き抜けないそうだ。まずはそれを探しなさい」
王様の言いつけ通り、各地を旅し、情報を集め、人に害を成す魔物や魔王軍の魔族を倒して、経験を積んでいった。長い長い、独りの旅路であった。
そしてついに、『伝説の剣』を見つけ、抜けなかったというわけだ。錆びついているわ、長年の腐食によって土台と張り付いているわ、柄にはよくわからない虫がくっついているわ。
恐らく、誰がやっても抜けないと思う。『勇者』であるはずの俺が抜けなかったのだ。もちろん、気持ちは悪かったが、虫のくっついた柄を握って力のかぎり引いてみはした。
またこれが、柄の高さが絶妙に嫌なところにあって、こう力が入りにくく、引きにくいのなんの。
それでも抜けなかったのだから、仕方がない。『伝説の剣』無しで魔王を倒さなくてはならない。さて、どうするか。
…………
所変わって、ここは魔王城。魔王は高そうな椅子に偉そうな格好で座り偉そうに高そうな酒を飲んでいる。
「ふふふ、勇者の奴めはまだ、『伝説の剣』とやらを追っているのか」
「は。そのようでございます、魔王様」
「それがないと我は倒せないというのは、我らが人間側に流した嫌がらせの嘘であることが、まだバレていないようだな」
この魔王は、とにかく勇者や人類にねちねちとした、しょうもない嫌がらせをするのが趣味の、なんともしょうもない王であった。『伝説の剣』があんな体たらくなのも、この魔王の考えである。
だが、確かに人間相手にはダメージになるようで、最近はこちらの軍も盛り返している。性格はしょうもないが、実力はある王なのだ。
「そうだ、側近よ。王都周辺の街はどうなっている? スパイを放ち、人間側のネガティブな噂を流させているはずだが」
「は。そちらにつきましては…」
魔王が酒のグラスを落とす。顔面は蒼白で(もともと青白い顔をしているが)、苦しそうだ。
「側近。貴様、酒に何を入れた」
「さて。そういえば最近、人間界から手に入れた『調味料』を、良かれと思いお酒に入れておきましたが」
「まさか貴様。裏切ったのか?」
「裏切る? とんでもない。周囲をごらんなさい、魔王様」
魔王には信じられない光景だったろう。手下の魔物、魔族、幹部までが武器を持ち魔王に向けて殺気を放っているのだから。
「これはいったい、どういうことだ側近」
「俺が説明してやるよ、魔王」
…………
「き、貴様は勇者」
「そうだ。お前が流した偽りの噂に振り回された、人類の代表だよ」
「なぜ貴様がここに」
「俺が元商人だったことを、知らないのか。お前の部下ひとりひとりに会い、交渉し、仲間にしたんだよ」
そう。『伝説の剣』が抜けないとわかった俺は、別の方法を取った。それが魔王軍の兵たちや幹部たちの懐柔だった。俺は元商人。自分で言うのもなんだが、なかなかの口の上手さを誇っており、目利きも確実だった。
魔物も魔族も、話が出来れば人間と同じ。言葉を解さない魔物は、とりあえず極上のメシをあげたら効果てきめん。愛玩動物と何も変わらない。
そうなれば、俺の独壇場だ。
「馬鹿な。それで我にどう勝とうと言うのだ。我は『伝説の剣』以外では、傷を」
「それが嘘だってことも、すでに割れている。もうお前は詰んでいるんだよ、魔王」
勇者が右手をそっとあげる。
「くそが! 毒薬などで、我が負けると思うなよ!」
「かかれ! お前たちの自由は、ここから始まるのだ!」
魔王は滅びた。さすがにこの大軍と、勇者である俺の攻撃には耐えられなかったらしい。側近も良い働きをしてくれた。
「ありがとう、みんな。改めて礼を言う。さて、まずはみんなの住む場所だが、王様と交渉し、ここの海から船で数十分のところにある広大な島をいただけた。そこならみんなは安心して住めるだろう」
魔王軍は歓声をあげる。誰も戦など望んでいなかったのだろう。
「ねぇ勇者。私との約束は?」
「もちろん、覚えているさ。一緒にその島で住もう。ずっと、死ぬまでな。側近」
『伝説の剣』とは、ひとつの武器ではない。人材である。人的資源が豊富であれば、どんな敵でも、どんな苦境でも乗り越えられる。俺が商人になったのも、そういう人材を集めたかったからだ。
ひょんなことから夢が叶い、しかもきれいな嫁さんまで手に入れられた。まったく、『伝説の剣』様々だな。