第98話 挑発
私はオクタヴィア姫に面会を申し込んだ。できれば昨日一緒にいた取り巻きのみなさんにも同席してほしいと伝えた。午後の授業の後、彼女たちをあたらしく作られたゼミ室に集まってもらった。
私がゼミ室に到着すると、オクタヴィア姫たちは緊張した面持ちで待っていた。私が入室すると、一斉に起立した。
「呼び出してごめんなさいね、どうかお座りになって」
オクタヴィア姫は着席せず、私に質問した。
「あの、私達の処分が決まったのですか?」
私は簡単に面会を申し込んだのだが、彼女たちは処分内容を内密に伝えるため呼び出したと勘違いしていたのだ。
「処分ではありません、誤解させてしまってごめんなさい。みなさんにはもう少し、ヴァルトラントについて教えていただきたいと思いまして」
私はゼミ室の大テーブルに、持参したヴァルトラントの地図を広げた。地図にはあらかじめ、留学生の出身地にマークをしておいた。
昨夜のカトリーヌさんも酷かったが、オクタヴィア姫もなかなかに酷かった。
「私は王女ですのであまり詳しいことは存じませんが、秘密基地がこことここに建設中と聞いています」
オクタヴィア姫は国境の湖ブラウアゼーの近くの森の中と、先の戦争で争われた地域から少し離れた森の中を指さした。
すると昨日りんごについて話していたシルヴィーさんも言い出した。
「この前里帰りしたとき、このあたりに軍事物資が積み上げられていたのを見ました」
と、ある街道のちかくを指さした。
「あの、私がいただきたいのは軍事情報ではありません。農業の状況について知りたいのです」
するとオクタヴィア姫は、
「申し訳ありません、それでしたらこのあたりがヴァルトラントでは貴重な穀倉地帯です。ドラゴンの火炎でこの辺りを焼き払えば、我が国は半年ともたず崩壊いたします。ちょうどもうすぐ収穫時期です。攻撃はできるだけ早く実施されるよう、進言いたします」
と言った。ほかの留学生たちの目も真剣そのものである。
「あの、私は戦争がしたいわけでもヴァルトラントの国民に飢えてほしいわけでもありません」
「では、なんでしょう」
「はい、今、聖女様は、大変に落ちこんでいらっしゃいます」
「申し訳ありません」
「聖女様は一見普通に生活されていますが、今、味覚を失っておられます」
「え」
「原因は先の事件です。聖女様は先の戦争で、ノルトラントだけでなくヴァルトラントにも明るい未来が来ることを信じて行動されました」
「よく存じております。賠償金を減らすよう、聖女様が強く主張されたことも存じております。ヴァルトラントの国民は皆、聖女様に感謝しております」
「ですが今回の不幸な事件で、聖女様はご自身の行動が無駄であったと感じていらっしゃるようです」
「無駄だなんてそんな、私達は……」
「ええ、無駄ではなかった、いえ、有益であったと私は思っています。ですが聖女様はそれが信じられないのです。シモンの両親の自殺が、聖女様を追い詰めました」
「シモンの一族は、ヴァルトラントの国賊です」
「失礼ですがオクタヴィア姫、今の発言、取り消してください。シモンの兄たちはヴァルトラントのため戦死し、シモンの両親はノルトラントへの謝罪として自殺されたと聞いています。シモンにしても、行動は間違っていますが、ヴァルトラントのことを思っての行動であることは間違いありません」
「はい、失言でした。取り消します。シモンの一族は、すくなくともヴァルトラントの愛国者です」
「はい。とにかく今回の出来事で聖女様の御心は傷つき、今、食べ物の味もわからない状態です」
「はい」
「そこで私は、聖女様に復興したヴァルトラントの農作物を食べていただき、元気に生きるヴァルトラントの国民を見ていただきたいのです。そうすれば、行き違いがあったとしても、犠牲があったとしても、両国が良い方向に向かっていると実感していただけると思うのです」
「ですが聖女様は、味覚を失っておられるのでは」
「ですから、それを本当においしいヴァルトラントの農作物で打ち破ってほしいのです。それとも農業国ヴァルトラントの食べ物は、その程度のものなのですか」
私はわざと失礼なことを言い、挑発した。
オクタヴィア姫はニッコリと笑った。
「レイコさんは、やっぱり聖女様のお仲間ですね、挑発が下手です」
「ありがとうございます」
「ですがおいしいもの、私達でリストを作ります。聖女様に食べていただいても聖女様がもとにもどらなかったら、私ノルトラントに亡命し、聖女様に一生尽くします」
そしてオクタヴィア姫はとりまきの学生たちの方を向いて、
「皆さんがんばってください。そうしないとヴァルトラントの王室から1名、ノルトラントにとられちゃうわよ」
と言った。
やはり王族というものは、心が鍛えられている。
とにかく依頼は伝えた。私は彼女たちにゼミ室の使用許可は夜まで取ってあることを伝え、部屋を出ようとした。その私にオクタヴィア姫は聞いてきた。
「それでレイコさん、国境は封鎖されていますが、どうやって聖女様にたべていただくんですか?」
「それは秘密です」
嘘だった。まだなんのアイデアも持っていなかった。




