第97話 名産品
ミハエル殿下とヴェローニカ妃殿下に聖女様について頼まれたものの、私になにか妙案があるわけではない。先輩たちや各組織の幹部の人たちの努力によって、騎士団、聖女庁、女子大、それぞれ雰囲気は良くなってきていた。留学生たちも授業にもどってきていた。
ある日の昼食時、私はヴァルトラントからの留学生オクタヴィア姫に話しかけられた。
「レイコ先生、ちょっとよろしいでしょうか」
食事のトレーを持って立つ姫に、私は隣の席を促した。彼女のとりまきたちも一緒にいて、みな悲痛な表情を浮かべている。
オクタヴィア姫は話し始めた。
「今日のランチのデザート、ベリーですよね」
「そうですね、おいしいです」
「あの、聖女様はベリーがお好きだと伺っておりますが」
「ええ、お好きですよ」
残念ながら今の精神状態では、この味を楽しんではもらえないだろう。
「私の故郷、ヴァルトラントはベリーの名産地でもあります」
「お聞きしていますよ」
「この夏は良い夏で、おそらくヴァルトラントのベリーは豊作になるだろうと思います」
姫が「思う」と言うのは事件以来、オクタヴィア姫とヴァルトラント王室の間の通信が禁止されているからだ。
「聖女様にはぜひ一度、復興なったヴァルトラントにお越しいただき、あのベリーを堪能していただきたかったのですが、それも当分叶いそうにないですね」
留学生たちは皆同じ思いのようで、
「私の故郷は、おいもがおいしいです」
「私の村のりんご、聖女様に食べてほしいんです。今年送ってもらうように手配してあったんですが、だめそうです」
などと言っている。私は今思ったことをそのまま伝える。
「みなさんはお国こそヴァルトラントですが、聖女様のお仲間なんですね」
すると一同、泣き出してしまった。
「聖女様の一番近くにいるレイコさんにそう言ってもらえて、うれしいです。でも事件のことがありますから」
オクタヴィア姫は涙をこぼしながら言った。
「姫殿下、学問に国境はありませんから」
としか言えなかった。
その夜は夜で、騒ぎがあった。帝国からの留学生が全員、帰化申請を出したという報告が王宮からあったのだ。中心人物は帝国の聖女候補、カトリーヌさんである。他国とは言え「聖女」関係者ということで、この問題は聖女庁のあずかりとなった。
カトリーヌさんを夜の聖女庁に呼び出し、ジャンヌ様と私の二人で事情を聞く。
「アン大聖女様に弓を引く帝国など、つぶれてしまえばいいんです」
カトリーヌさんは恐ろしいことを言っている。ジャンヌ様は、
「それでは民衆が苦労するでしょう」
と言うのだが、
「統治はノルトラントにおまかせします。宗教面はアン大聖女様にお願いし、私が補佐いたします」
などと滅茶苦茶なことを言っている。二人がかりでなだめると、
「とにかく私は帝国には帰りません。あのような蛮行を認める皇帝のもとでなど、働くわけにはいかないのです」
「ですから民衆はどうするのですか」
ぐっと詰まったカトリーヌさんは、もっと過激になった。
「わかりました。帝国にはもどります。ですがレイコ様、私を聖騎士団にご紹介ください」
「何故ですか」
「軍事訓練をしたいのです。女子大を卒業後、帝国にもどったら私は、民衆を率いてクーデターを起こします」
とにかくカトリーヌさんには落ち着いてもらうしか無く、その夜は彼女をなだめるのに大変に苦労した。
騎士団の自室に戻れたのは深夜だった。
疲れ果てた体をベッドに入れても、まったく眠気はやってこなかった。
それにしてもカトリーヌさんはすごかった。通常聖女は平和の象徴である。騎士団長を兼ねるうちの聖女様は例外中の例外である。カトリーヌさんは帝国の聖女候補として基礎訓練の経験があるにもかかわらず、クーデターとか言い出すのは酷かった。
まあカトリーヌさんがアン聖女様に心服しているからの言動であることは理解できる。うまく導けば、女子大は国際平和に貢献できるだろう。
今夜の騒ぎは、オクタヴィア姫にも伝わっているだろう。気をつけないと彼女も帰化どころか亡命したいとか言い出しかねない気がする。
とにかく留学生たちのことの情報はヘレン先輩、フローラ先輩、ネリス先輩と共有して、将来の国際問題にならないよううまく対処しないといけない。




