第96話 お菓子の味
騎士団にもどると、一見騎士団は通常任務に戻っているように見えた。だけど先程の打ち合わせで立ち直った私にはわかっていた。この姿は表面だけのものだ。そしてすぐにヘレン先輩に捕まった。騎士団の会議室に連れ込まれると、聖女様とステファン先輩をのぞいた先輩たちが全員待っていた。
ヘレン先輩は私に着席するよう促しながら、
「玲子ちゃん、あっちの話し、なんだった?」
と聞いた。私は立ったまま、話し始めた。
「ヴェローニカ様、聖女庁の皆さん、みな聖騎士団の状態を心配しています」
「そうだろうね」
ヘレン先輩の声は力がない。私はムッとした。
「ヘレン先輩、そんなことじゃ困ります。先輩たち、もっと強くなってください」
「だけど」
「だけどじゃありません。聖女様は眼の前で殿下が殺されそうになったり、犯人の両親に自殺されたりしたんですよ。私はいませんでしたけど、戦争での努力が全部、全部否定されているんです」
「いや、そんなことはないと思う。だってヴァルトラント国王の手紙は……」
「聖女様は平和のために命をかけて働いたんです。その結果として、シモンを斬り殺し、シモンの両親を自殺に追い込んでしまったんです」
私は事件の日の夜、聖女様が両手を見つめていたのを知っている。そして今でも聖女様は周りに人がいないとき、同じように両手を見つめていることがあるのだ。
「それは言いすぎじゃ」
「聖女様の感情の問題です。客観性は関係ありません」
「だけど」
「だけどじゃありません、いいですか、エミリア女官長まで聖女庁まで来ていて心配してましたよ」
「そうなんだ」
「あのですね、女官長様は、ヘレン先輩のこと、心配してましたよ」
「え」
「いいですかみなさん、今の騎士団には笑いもなければ余裕もない。こんなことだと近々、重大事故が起こりますよ。フィリップ先輩が冗談の一つも言わないんですから」
「あ、うん」
「だからヘレン先輩、強くなってください。他のみなさんもそうです。今一番つらいのは聖女様、そしてステファン先輩です。みなさんお気持ちはお二人と同じつもりでしょうが、それでもみなさんのほうがまだ余裕があります」
私は畳み掛けることにしていた。
「笑うんですみなさん、歯を食いしばってでも笑うんです。それがお二人に、騎士団に力を与えるんです」
「う、うん」
私は無理やり笑顔をつくった。多分さっきの笑顔と同じである。
「先ほど私は聖女庁で無理やり笑顔を作らされました。みなさんもおねがいします」
「あ、ああ」
「特にフィリップ先輩、すべってもいいですから、とにかく冗談を」
「すべってもいいなんて、ひどいな」
「大丈夫です、もともとほとんど、すべってます」
6人の先輩達は、一歩前に進めたと思う。
私は似たような話を副官のソニアさん、親衛隊幹部のレギーナさんたちにもした。
数日して騎士団には少しずつだが笑いがもどってきた。それでも下級騎士たちが大笑いしているところにたまたま聖女様が通りかかると、彼女たちは笑いをやめてしまう。そういうのを目にしたら私は、あとでその人達に注意した。笑い続けなさいと。私にはそんな権限はないのだが、処罰など気にしていられなかったし、理由を言えばみなさん納得してくれた。
とくに食事時の食堂にはにぎやかさがもどってきて、聖女様は弱々しいが笑顔がもどりつつあった。ステファン殿下ももう一息である。
毎朝新入団員を率いてランニングしているネリス先輩は、
「皆のもの、遅いぞ、そんなことでは立派な騎士になれんぞ、ワッハッハ」
などとやっている。もちろんマルス先輩もつきあわされている。
フローラ先輩はケネス先輩と楽しそうに電池の実験を再開した。
フィリップ先輩にも少しずつ寒い冗談がもどってきて、そのたびにヘレン先輩につねられていた。
秋になった。
聖女様は騎士団の仕事をこなし、聖女としての任務をはたし、女学校と女子大で授業をしていた。ゼミも再開し、これらのことについてはもとのとおりになった。
多くの人はこの様子に安心していた。
正確には女子大だけは若干の問題があった。まず、帝国とヴァルトラントから来ていた留学生たちが授業に出てこなくなった。女子大としては気にせず勉学に励むように通達を出したのだが、帝国のカトリーヌさん、ヴァルトラントのオクタヴィア姫を中心に授業への出席を自粛し自室で自習している。騎士団から若干名の騎士を出して監視しているが、ネリス先輩によると、
「監視でもあるけれど、彼女たちをノルトラントの民衆から守るためでもあるな」
ということでもあるらしい。
そしてこの秋入学予定だった留学生は、国境封鎖のため一人もやってこれなかった。
ある休日、私は王宮にステファン先輩と二人で呼び出された。呼び出したのは陛下ではなく、みほちゃんだった。
呼び出されて通された部屋はステラ姫の部屋だった。みほちゃん、まほちゃん、あかねちゃんがいるのはもちろん、ミハエル殿下とヴェローニカ様も同席していた。
まず、お菓子が出された。小さいけれどとんでもなく美味しいお菓子だった。一口食べると、その香りが喉の奥から鼻に向けて抜け出してくる。これが風味というものだとおもいしらされた。
「これ、おいしいね」
と感想を言うと、みほちゃんは、
「あんちゃん、これおいしいと思ってないと思う」
と言った。
「え、おいしいって言わなかったの?」
「ううん、言った。言ったけど、いつもと同じおいしいだった」
言わんとすることはわかった。このお菓子はびっくりするくらいおいしいのだ。
「それにね、これ、ちいさいからいっぱいあったんだけど、あんちゃん、一個しかたべなかった」
「うん」
「それであとのをみんなくれたんだけど、いつもだったら悔しそうにするの。だけど昨日のあんちゃん、ふつうにくれた」
ステファン殿下が弱くわらった。
「アンが食い意地がはっているのは認めるけれど、これはアンには聞かせられないな」
「うん、言わない。だけどあんちゃん、味、わかってないとおもう」
私は小樽で失恋したときのことを思い出した。
ふられて落ち込んでいても、お腹は空いてくるものである。食欲もある。だけど「別にたべなくてもいいやー」と思ってしまう。
そしてなにか食べてみても、味なんかしなかった。
みほちゃんは、聖女様の心は全然立ち直ってなんかいないと指摘しているのだ。
騎士団にもどる前に、私はヴェローニカ様に呼び止められた。
「子どもたちにはかなわんな、よく見ている」
「はい」
「なんとかアンたちの力になってやってくれ」
「はい」
ミハエル殿下も言った。
「レイコ、私はステファンが不憫でならないのだよ。聖女様の不幸はステファンの不幸だ。二人がもとの二人にもどるなら、多少無理なことをしてもかまわない。私が責任をとるから」
「はい、なんとかがんばってみます」




