第95話 笑い
私はヴェローニカ様に連れられて、徒歩で聖女庁へと向かった。騎士団と聖女庁は隣接してはいるが、騎士団は広い。移動しなれた道がとても遠く感じられた。
聖女庁に行くと、ジャンヌ様マリアンヌ様が待ち構えていた。こうなることが最初からわかっていたようだ。驚いたのは聖女様のお世話をしているネリーさんのみならず、エミリア女官長も来ていたことだ。
マリアンヌ様が会議室へと案内してくれた。
会議室で全員着席したところで、エミリア様が質問した。
「それでヴェローニカ殿下、あちらの様子はいかがでしたか」
「ああ、みんな参っている。当事者であるアンやステファン殿下は仕方がないがな」
「フィリップ殿やヘレンはどうですか」
「あの二人もだめだ。もう少しかかるだろう」
「騎士団のみなさんは」
「ああ、申し訳ない。かつての部下があんなに弱いとは思わなかった。それだけ皆、アンに頼りきっていたということだな」
エミリア様は、今度は私に質問した。
「レイコさん、あなたは現場にいましたね」
「はい」
「もうある程度日が経ちましたが、あなたから見て騎士団の様子はどうですか」
「はい、皆、なんとか立ち直ろうと努力しています。でも、騎士団から笑いが消えました」
「みなさん、真面目すぎるのですね」
「そう思います」
「それで、今日の手紙と報告書は、聖女様たちの立ち直りのきっかけになるでしょうか」
「いえ、むしろ、トドメになったと思います」
「どういうことですか」
「はい、先の戦争で聖女様たちは、単にノルトラントを守るためだけでなく、ヴァルトラントも幸せになるよう、尽力されていたと聞いています」
「そうだな、それは間違いない」
ヴェローニカ様が肯定してくれた。
「それが今回の事件で、否定されたと聖女様は感じていると思います」
「しかしアンは、恨まれることは覚悟していると言っていたのだが」
「はい、恨まれるのならいいんです。ですがシモンの両親が自殺してしまったことについて、その責任を聖女様は感じているでしょう」
「アンは大丈夫か」
「ええ、まだ大丈夫です。責任から逃げる人じゃありません」
「でもそれがアンを追い詰めないか」
「それが心配なんです」
「知らせなければよかったかな」
ヴェローニカ様が呟くように言ったその言葉に、ジャンヌ様が噛みついた。
「ヴェローニカ妃殿下、それはありません。アン様に失礼です」
「その通りだ、失言だ。忘れてくれ」
すると会議室に「う、う」という声がした。ネリーさんが泣き始めてしまったのだ。
「ネリー、あなたも真面目すぎです。泣いていいのは、今だけですよ」
「わかっています。申し訳ありません」
私は今頃やっと気付いた。ラーボエへ行かなかった、いや、行けなかったこの人たちが、どれだけ聖女様やそのお仲間たちを心配しているかを。
今まで黙っていたマリアンヌ様が発言を始めた。
「私の見る所、騎士団のみなさんの一番よくないのは、笑いがないことです。以前はどんなに厳しい状況下でも、少なくとも幹部のみなさんには笑いがありました。あれではあの組織は内側から崩壊します。聖女様のまわりに笑いをとりもどさなければなりません。まずは聖女庁、女子大もそうです。騎士団も時間はかかるでしょうが、いずれは必要です」
まったくそのとおりだと思う。
「レイコさん、あなたも辛いと思いますが聖女様の側近中の側近として、努力してください。いや、友人としてもね」
「はい、承知しました」
私は無理やり笑顔をつくった。
しばらく私の顔をみなさんが見ていた。するとヴェローニカ様が吹き出した。
「レイコどの、美人の引きつった笑顔、面白いものだな」
他のみなさんも、赤い目をしたネリーさんも笑い出した。
私を含め、この部屋にいる人達はもう、立ち直れたと確信した。




