第94話 報告書
予定よりも少し早く私達は聖騎士団へと戻ってきた。聖女様は、
「女子大の新学期の準備がしっかりできるわ」
などと言っている。お仲間たちは「そうね」などと言っているが、聖女様を筆頭にみな表情が無かった。
数日して王宮から使いがあり、分厚い書類が届いた。書類の上には、高価な用紙が使われた手紙が載っていた。宛名は聖女様になっていたが、国王陛下により先に開封されたとの但し書きがつけられていた。
書類を持ってきた騎士によると手紙はヴァルトラント国王からで、書類はヴァルトラントが調査したこの間の事件の犯人についての報告書だった。
無表情のまま聖女様はその手紙を読み始めた。
私は聖女様のお仲間たち、聖騎士団の幹部、さらには聖女代理のジャンヌ様をはじめとした聖女庁の幹部を独断で招集した。
最初にやってきたのはステファン殿下だった。聖女様は殿下の姿を認めると軽く頷いた。私は椅子を持ってきて、聖女様の椅子の横に置いた。おそらくこの部屋は間もなく聖女様のスタッフたちでいっぱいになる。
次に到着したのは聖女庁のジャンヌ様、マリアンヌ様を伴ったヴェローニカ様だった。
ヴェローニカ様をお呼びした記憶は無い。それが顔に出ていたのかヴェローニカ様は、
「陛下からアンの力になってほしいと言われた。聖女庁に寄ってきた」
と教えてくれた。
聖女様は読み終わった手紙をステファン殿下に渡し、報告書の方に目を通し始めた。
お仲間たち、騎士団の幹部たちが次々と現れたがお互いうなずくだけの簡単な挨拶しかせず、ヴァルトラント国王からの手紙や報告書を回し読みし始めた。
ヴァルトラント国王からの手紙は、まず丁重な詫びの言葉から始まっていた。犯人シモンについては報告書の方を読んでほしいとあった。聖女様にはノルトラントのみならずヴァルトラントまで救ってもらった恩があるのに、このような事態を引き起こした責任をとってヴァルトラント国王自身は近々退位し、次期国王はノルトラントが指定する者とするとあった。重大なことが書いてある気がしてフィリップ先輩に確認してみた。
「うん、これは例えば、ノルトラントの王族が次代国王となってもかまわないという意味だね」
報告書によると、犯人シモンはヴァルトラントの農家の末っ子だった。末っ子の彼には継げる農地も無く、かなり若い頃に仕事を求めて帝国へと向かったらしい。かなり長期にわたって帰国していなかったのだが、先の戦争で農家の兄たちが皆戦死してしまい、一度だけ帰省した。両親はもうかなり老いていたし兄たちは戦死、シモンも農業から永いこと離れていたから農地の相続はあきらるしかなかった。農地は両親の老後の資金として売却された。
つまりシモンの兄たちはノルトラントとの戦争で戦死、実家の農家も存続できなくなったので、ノルトラント側で戦争を導いた聖女様を大いに恨んでいたとのことだ。
報告書にはシモンの実家のその後のことも書かれていた。
事件発生を受け、帝国からシモンの家族について調査を依頼されたヴァルトラントは警察部隊をシモンの実家を訪れた。両親に事件について報せたものの、両親は犯人ではないので逮捕するわけにもいかない。家ごと監視下におくことにしたのだが、その晩に両親は首を吊って自殺してしまったとあった。
まったくもって誰も幸せにならず、なんの問題も解決しない、悲しい悲しいできごとだった。
報告書をすべて読んだ聖女様は、だまって頭を抱え続けていた。
ステファン殿下はずっとその横に寄り添っていた。
いつの間に現れたのか、ルドルフくんがまほちゃんみほちゃん、あかねちゃんを引き連れて部屋にいた。苦悩する聖女様を見る子どもたちの目が哀れだった。
ふと顔をあげた聖女様は子どもたちを見つけ、
「みんな心配してくれてありがと。ごめんね。ルドルフ、みんなと遊んであげて」
と言った。
「うん」
子どもたちは力なく部屋から出ていった。
「みんな、ごめん。子どもたちに見せてはいけない姿を見せてしまった。仕事しよう、仕事」
一同バタバタと持ち場へと帰っていった。
私の持ち場はここだし、ヴェローニカ様はとくに仕事など無いのでこの場に居続けた。そのヴェローニカ様に聖女様は言った。
「ヴェローニカ様、お手を煩わせて申し訳ないのですが、手紙を書きますので陛下までお届けいただけないでしょうか」
「うむ、承知した」
手紙を書き始めた聖女様は、ときどき横にいるステファン殿下に手紙の内容を相談していた。こんなことでもお二人の間に会話があることはいいことだ。
「アン、私はちょっと聖女庁へ行ってくる。レイコを借りるぞ」
「はい、承知しました」




