第93話 国王ご夫妻からの依頼
次の朝、私は地響きで目が覚めた。
近衛騎士団が到着したのである。近衛騎士団は夜を徹して王都からラーボエまで駆け続けてきたのだ。たしかに第二王子が襲われたのだから近衛騎士団が出動してなにも不思議はない。指揮してきたのは武官長兼近衛騎士団長のマティアス様だった。
街は金色の近衛騎士団たちで溢れかえった。
聖女様はマティアス様を前にすると、なんとその前に跪いた。
「武官長様、ステファン第二王子殿下を危険にさらしてしまいました。聖騎士団長アン、いかなる処分も受け入れます」
聖女としては武官長よりも身分が上だが、聖騎士団長としては武官長の指揮下であるのは間違いない。マティアス様も正面からこう言われてしまってはそれを受け入れないわけにはいかず、
「うむ、処分については陛下と相談の上通達する。とりあえずは現在の任務を継続するよう陛下からもご指示をいただいている」
「かしこまりました」
マティアス様は、聖女様が幼い頃からなにかと支援して来たと聞いている。聖騎士団長に聖女様を推したひとりもマティアス様だとも聞いている。そのマティアス様のお顔は、悲痛に歪んでいた。
ラーボエにはそのあと3日間滞在した。滞在中は船員たちの尋問を繰り返し行ったが、新しい事実は何も出てこなかった。
船長とスパイ8人は王都で監禁されることになった。フィリップ先輩によると、帝国に帰れる可能性はまったくなく、一生情報源として搾り取られることになるとのことだ。
船員たちについては強制送還ということになった。ただ帝国とノルトラントは国境を接していないため、他国との国境に放り出されるか、帝国からの船で帰るかしかない。ただ帝国船は入港できる可能性はほぼ無い。ノルトラントと友好的な第三国の船をチャーターでもしないかぎり帰国できないだろう。しかも彼らの滞在にかかる費用はすべて帝国に請求することになっている。
そして聖女様を含め私達は離宮へは帰らず、王都の聖騎士団に直接帰還することになった。
ラーボエを発つ朝、広場にはラーボエの住民全員が出ていた。聖女様は礼拝堂でごく短い時間お祈りし、続いて住民を前に簡単に挨拶した。感情の無い笑顔で手を降る聖女様、それを気遣いながらも笑顔でよりそうステファン先輩が痛々しかった。
いよいよ馬車に乗り込むというとき、トコトコと女の子がやってきて花束を聖女様に渡した。
「聖女様、おぼえていますか、ドロです」
後で聞いたら、1年前の墓参で出会ったそうだ。戦死者ペーターの妹さんだそうだ。
「今年から教会学校にあがります。将来聖女様のおしごとをおてつだいできるよう、一生懸命お勉強します。だから、だから……」
ドロは泣き出してしまった。
「聖女様、ごめんなさい。ラーボエは聖女様と殿下に悪いことをしました。ごめんなさい」
泣き続けるドロを聖女様は抱きしめた。
馬車が動き出してしばらくしたところで聖女様は、
「私がこんなんじゃ、ドロに顔向けできないわ」
と言った。だけどまだ、そのお顔には感情というものが感じられなかった。
3日の旅で王都に帰還した。そして王都では聖騎士団に帰る前に、王宮へ直行した。
謁見の間で陛下に聖女様は報告する。
「陛下、大変申し訳ありません。殿下を危険にさらしてしまいました。私に騎士団を率いる能力がないことがよくわかりました。いかなる処分も受けますゆえ、お申し付けください」
聖女様は床を見つめたまま、そう言った。
私としては聖女様の秘書でしか無いが、どんな処分が出てもそれに反対する気でいた。聖女様はベストを尽くしている。一番近くで見ている私がそれを証言しなくて、だれが証言するというのだ。
しばらく間があった。そして陛下のお言葉が始まった。
「聖騎士団長アン、余は不満である」
「申し訳ありません、陛下」
「そなたの能力、努力、随分昔から余は注目してきた。それでこの結果なのだから、この事件は不可抗力であったと判断している」
「お言葉ですが、陛下」
「話を聞きなさい。そなたが全力を尽くしても任務に失敗したのだから、その責任は任命者である余にある」
「我が能力不足、お詫び申し上げます」
「ちがう、アン、ステファンの気持ちを考えてもらえないか」
「は」
「ステファンは夫として、アンを守りたかったのだ。そう言う意味で怪我をした責任はステファンにある。したがってこの事件について、聖騎士団長の責任は一切問わない。ベルムバッハのアン、引き続き聖騎士団長を務めるように」
「ありがとうございます、陛下」
こうして聖女様の責任は、公式に一切ないことが確認された。しかし私は謁見の間を出たところで陛下に呼び出された。こんな部屋があったのかと思うほど小さな部屋で、私は陛下と王妃殿下と面会した。
「レイコ、アンには何が何でもこの挫折を乗り越えてもらわないとならない」
「はい」
「あの子は、これを超えればもっともっと強くなる」
「はい、陛下」
「アンの最も近くにいるものとして、支えてやってくれ」
陛下のお顔は、お話になる内容を確信しているというより、そうあって欲しいと強く願う
親の顔であった。
「はい、陛下」
私は気の利いた言葉など言えるはずもなく、ただ単に同じ返事を繰り返すことしかできなかった。そして王妃殿下は目をうるませて私の手をとった。
「私からもお願いします」
「はい、王妃殿下」




