第9話 決意
翌朝目覚めてベランダに出ると、昨日この世界について教えてくれたネリス先輩がマルス先輩とランニングしているのが見えた。面白いのはそのうしろに女性が数人一緒に走らされていることだ。その人たちのほうが体は大きいのだが、ネリス先輩についていけてない。
ネリス先輩は新婚旅行にここに来たのではないのか?
私はこの世界で強く生きることを誓ったことを思い出し、部屋にもどり、せめてできることをと乱れたベッドを整える。子どもたちはまだ寝ている。目を覚ましたときに知っている顔が減っていると心配だろうし、起こすのもかわいそうなので続きの部屋に行ってなにか書くものを探した。ペンと紙をみつけることができたので寝室にもどり、私はせっかくきれいにもどしたベッドに座り、ベッドサイドの台に紙を置いて昨日あったことを書き記した。
ノックの音がして顔を上げるとヘルガさんが開けておいた寝室のドアのところにいた。
「お目覚めですか」
「ええ、気持ちのいい朝ですね」
「朝食までまだ時間がありますので、お茶でもお持ちしましょうか」
「ありがとうございます。おねがいします」
「少々お待ちくださいませ」
すぐにヘルガさんはワゴンを押してもどってきた。お茶、子どもたちにだろうかジュース、お菓子が少し載っているのはいいとして、革製のうすい袋、そして紙とペンもあった。
驚いてヘルガさんの顔を見ると、
「なにか大事なことをお書きになっているかと思いまして、勝手ですが書類入れなどをお持ちしました。レイコさまのお持ち物としてお使いください」
と言う。
「ありがとうございます、でも、いいのでしょうか」
「問題ございません」
優雅な手つきでお茶を淹れるのをみながら聞いてみた。
「さきほどネリス先輩、マルス先輩が走っているのを見たんですが、ほかの皆さんはどうなさっているんでしょうか」
「ええ、聖女様はおそらくベランダで殿下とお話なさっているでしょう。ただヘレン様は厨房、フローラ様は聖女様とお話するふりをして警備、ほかの男性の方たちも似たようなものではないでしょうか」
「新婚旅行と伺っているのですが」
「あれであの方たちはお休みになっているんですよ。おそらくお昼にはお勉強や工房で作業、夜は星を観測されると思います」
「あの、私もなにかお仕事、いやお手伝いにもならないかもしれないですけど、したいんですが」
ヘルガさんはちょっと考えて返事した。
「お気持ちはわかりますが、私はよくよくお考えになったほうがよろしいかと思います」
この言い方は反対だということだ。
「ヘルガさんのお考えを教えていただけないでしょうか」
「はい、僭越ながら、レイコさまはまず、マホさま、ミホさま、アカネさまのことをお考えいただけないでしょうか。私たちもできるだけのことはさせていただきますが、やはり同じご事情をお持ちのレイコさまが近くにいらしゃったほうが、心強いのではないでしょうか」
そうだった、つい強く生きることに気持ちが行ってしまい、三人のことを忘れかけていた。確かに向こうの世界でこの子達を知らなかった。でも今はどう考えても運命共同体である。大人の私がついていてあげる必要がある。
「ありがとうございます、ヘルガさん。どうすればいいか、しっかり考えてみます」
「聖女様ともご相談ください。ですが」
ヘルガさんは言葉を切った。
「どうなさいましたか」
「失礼ですがレイコさま、やはりレイコさまも聖女様のお仲間なのですね」
「どういうことでしょう」
「私達の意見もきちんとお聞きになることです」
「あたりまえのことではないですか」
「身分の高い方では、かならずしもそうでもないようです」
「私、身分なんて……」
「いえいえ、聖女様の関係者ですから、国としては大事なお客様です」
「はあ」
お茶をいただきながら私は考えた。私はまず、まほちゃん、みほちゃん、あかねちゃんの保護者というか、お姉さん的立場だ。3人にとって、急に親と離れ慣れない環境での生活は苦しいだろう。聖女様やお仲間たちはいろいろとしてくれるだろうが、公務というものがある。私が率先してこの世界の生活に慣れ、子どもたち3人をサポートしていかなければならない。この世界にも教育はあるようだが、むこうにもどっても大丈夫なように、私から教えられることは教えていこう。
そしてできれば、本当にできればだけれど、聖女様の仲間としてそのお仕事に加わりたい。
やがて朝食の時間になった。もう子どもたちも目を覚まして着替え終わっている。まほちゃんはみほちゃんの着替えを手伝い、私はあかねちゃんを手伝った。
朝の涼しい廊下を歩く。開け放たれた窓からは鳥のさえずりが聞こえる。ヘルガさんが先頭、私はあかねちゃんと手をつなぎ、まほちゃんとみほちゃんも手を繋いでいる。あかねちゃんが、
「リゾートホテルに泊まってるみたい」
「そうだね、気持ちいいね」
私は話題に気を使った。あかねちゃんはご家族とリゾートホテルに泊まったことがあるのだろう。私はあかねちゃんがご家族のことを連想するのを恐れた。
「れいこちゃん、痛い」
「あ、ごめん」
私はあかねちゃんが家族を思い出すのを恐れるあまり、手に力が入ってしまった。
「どうかした?」
「うん、なんか朝ご飯が楽しみでね」
「うん、楽しみ!」
先を進むヘルガさんの横顔に笑みがこぼれた気がする。とにかくなんとかごまかせた。