第87話 締切が迫る日々
聖女様と私は、何本も槍をだめにしながら電魔法を練習した。槍に落雷すると、その電流で槍の柄が一発で折れる。槍がだめになるたびレギーナさんの顔はしぶくなった。彼女の立場では使用可能な武具が減るのは嫌なのだろう。
ただこの練習について、工房からの協力が得られた。ヤニックさんが伝えてくれたのだろう、残った槍の穂先をすぐに適当な木の棒の上につけてくれた。実践に用いるわけではないから握れる太さにする必要もないし、重さとかバランスとかの制約もない。だからすぐにつくってくれた。何回かの落雷で、槍の穂先から地面へと電流を流す電線を用意すれば木の棒は折れないことも判明した。さらにそれを地面に立てる台も工房が作成してくれた。それから5日ほどで雷を大体思ったところに落とせるようになってきた。
今日も晩夏というより初秋の空の下、魔法の練習をしていた。一休みした際、聖女様は言った。
「これなら秋、シングルターンコイルの実験、できそうね」
聖女様は満足そうである。しかしレーザー魔法の方はと言うと、単色光の発生はできていたが位相を揃えるところはまだ難しかった。そのような日々を過ごしていると、だんだん日が短くなり、秋が近づいてくるのが感じられるようになってきていた。心做しか森の樹の緑も、やや元気がなくなってきたようにも思える。
「夏なら夏で楽しいけれど、秋には秋の良さがあると思うんだよね」
聖女様は快活に言う。
「そうですよね」
と私も言うには言ったが、すこしひっかかるものがあった。
もちろんヤニックさんのことである。
ヤニックさんの転勤は、ほぼ本決まりになっていた。それはそれで嬉しいことである。聖女庁に常駐することが決まっている。でも私としては、自分の気持に決着をつけなければならない。先日の雷雨のとき、夏の間に自分なりの結論を出すと決めたのだ。
道は二つ。
一つは心のまま、ヤニックさんに自分の気持を伝える。ヤニックさんが望むなら、私はいつ結婚してもいい。いつ元の世界にもどるかわからないし、そのときはヤニックさんはあっちへはついてこれない。だからこそ、彼との日々を、時間を、大事にしたいのだ。
もう一つは、これ以上彼との関係を進めないことだ。それならば、元の世界に戻っても彼無しで耐えられる。むこうでも誰か男性を好きになることはないだろう。
一日、一日と日を過ごせば、その分その締切が迫ってくる。
「玲子ちゃん」
聖女様が話しかけてきた。
「だいじょうぶだよ」
聖女様はすべてを知っている。そのうえで優しい顔で私に言った。
「私、どうしたらいいんでしょうね」
つい、聞いてしまった。
「ごめん、その相談にはのれない」
「そうですか」
「そんな悲しい顔しないでよ。単に私いつも、その辺は感情に流されてきちゃったから。多分私、客観的に見ても理性的に生きてきたと思うんだけど、ステファンとのことだけはそういかないんだよね」
ちょっと恥ずかしそうである。
「でもね、自分に正直であることだけは間違いない。そして今のところ、全部うまく行った」
「はい」
「だからね、だいじょうぶ。自分の信じる道を行けばいいんだよ」
「はい、ありがとうございます、聖女様」
私の今言った「聖女様」とは、彼女のあだ名ではない。職務としての「聖女様」でもない。神様から与えられた能力と職務としての「聖女様」として言った。
もちろん彼女は先輩であり友人でもある。彼女の言う「だいじょうぶ」はその立場として言っていることもわかっている。それでも「聖女様」のお言葉と聞こえたのだ。
「玲子ちゃん」
聖女様は私の手を取った。聖女様の思考が流れ込んでくる。私も心に壁をつくらなかった。
『玲子ちゃん、私は友達として言ってるんだからね』
『わかってます。わかってますけど聖女様、今まで人からなにか相談されたとき、聖女様はお仕事として答えたことがありますか?』
『ん、ない』
『そうでしょう、だから聖女様は聖女様なんですよ』
『なんか照れるな』
『だからみんな、聖女様が大好きなんです』
『あ、もうやめて』
聖女様が手を離した。
「とにかく、自分を信じるしかないよ」
「はい、ありがとうございます」
それでも結論を出せずに日が少し過ぎ、気持ちの良い朝食をとっているときだった。
「聖女様、急使です」
「うん、通して」
通された騎士は近衛騎士団の紋章をつけている。ということは、王室で重大事件が起きたか、あまり知られていないが国内の諜報活動において重大な情報が得られたかのどちらかだ。食堂内に緊張が走る。
使者は「お人払いを」と言った。聖女様は、
「わかりました。では話は会議室で伺うわ」
聖女様は私やお仲間たち、親衛隊幹部に目配せをした。私を含めそのメンバーはみな一斉に立ち上がる。さり際聖女様はにこやかに、
「ヨアヒムさん、残りはあとでたべるから、片付けないでね」
と厨房に向かって言った。




