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第86話 転勤

 夕食で聖女様ははしゃいでいた。ステファン殿下にコンデンサーの話をしている。私やフローラ先輩にも話を振りながら、秋になったらコンデンサーを作ってみようと熱く語っていた。殿下はしばらくにこやかに黙って話を聞いていたが、突然表情が厳しくなった。

「ステファン、どうしたの?」

 聖女様が不安そうに言う。

「アン、シングルターンコイルって覚えてるかい?」

「シングルターン?」

 聖女様の表情が固まった。

 私もハッとしたし、フローラ先輩も同様だった。


 シングルターンコイルとは、超強磁場の発生で用いられる電磁石の一種である。普通コイルというと、導線をものすごくたくさん巻いてある。電流量が同じならば、巻数と磁場の強さは比例するからである。だから導線はとても細くなってしまう。導線は細いほど発熱も大きくなるし強度も下がる。巻数が多くなると巻くこと自体手間である。それに対しシングルターンコイルは、巻数は1回しかない。正確に言うとコイルはアルファベットのCの字のようになっているから1回も巻いていない。その分導線は太くできる、というより厚さが何センチもの銅板を用いる。ここに猛烈に大きな電流を流して強い磁場を得るのだ。ただ、作られた強い磁場にコイルの強度は持たず、分厚い銅板がたった1回電流を流しただけでちぎれてしまう。

 雷で発生する電流は大電流だが持続時間は千分の1秒ほどと短い。ステファン先輩は、その特性とシングルターンコイルの相性はいいのではないかと言っているのだ。


「それでステファン、そのコイルを、どう使おうっていうの?」

「そうだね、コイルの中心に鉄でも置いとけば、磁石がつくれるんじゃないの?」

「コイルにどうやって電流を流すの?」

「避雷針をたてて、その下流に繋げばいいんじゃない?」

「じゃ、明日やってみるか」

 するとフローラ先輩が慌てた。

「聖女様、それはだめ」

「え、なんで」

「あんた、シングルターンの実験、見たことないでしょ」

「うん、ない、楽しみ」

「あのねえ、強磁場でコイル、一発でちぎれるよ。ちぎれて飛び散るから、周りは大被害だよ」


 フローラ先輩の話だと、シングルターンコイルの実験はちぎれるコイルなど破壊される実験器具が飛び散るため、コンテナのような頑丈な箱のなかで行われる。実験でおきる破壊の衝撃が実験室の床を通してまわりに伝わるそうだ。同様の実験を行う場合、破壊されるコイルなどから周りのものや人間を守るための対策をしっかり行わないと、比喩ではなく死人が出る。


「その実験、やってもいいけど、土木工事のあとね」

 フローラ先輩が決めつけるように言い、この日のその話題はそれっきりだった。


 翌日魔法の練習の前に、聖女様は武器庫に立ち寄った。レギーナさんが、

「今日は武具を用いた魔法をなされるのですか?」

と質問した。聖女様の答えは、

「ううん、古くてだめにしてもいい槍とか、ないかしら」

だった。

「お言葉ですが聖女様、私達は全ての武具をきちんと管理しております」

 レギーナさんとしては、武具管理の騎士の立場をかばっているらしい。

「それはわかるけど、騎士団長として言うわ。訓練をしっかりした結果、廃棄寸前のものもあるでしょう」

 聖女様はレギーナさんの言う意味を踏まえて返答している。

「はあ、まあ。ですが騎士団の砦ならともかく、ここは離宮ですから」

 聖女様について武器庫に入ると、すこしかび臭い。

「私も初めてここに入ったけど、随分とたくさんの武具があるのね」

 聖女様の言葉にレギーナさんは答える。

「いざというときのための備えですから。ただ風通しが悪いようですね」

「うん、定期的に風を入れ換える必要がありそうね」

「指示しておきます」

「だけどレギーナの話通り、サビがうかんでるのもないね。よくやってるわ」

「担当者に伝えます」

「うん」


 聖女様の目的はわかっていた。避雷針のかわりになるものを探しているのである。古い槍を地面につきたて、そこに落とそうというのだ。落雷すれば穂先はともかく柄については一発でだめになるだろうから、古いものがいいと聖女様は言っているのだ。


 私は武器庫の片隅で、やたらと長い槍が一本横たわっているのを見つけた。

「レギーナさん、この槍、使われていますか?」

「これですか、これは長すぎて、扱いにくいんですよね。城壁の上から敵を突き落とすのに使うのですが、正直私でもうまく使えません」

 つかつかと聖女様がそこにやってきた。

「あ、玲子ちゃん、これいいね。レギーナ、もらってもいい?」

「担当者には伝えておきます」


 この日の魔法の練習にはヤニックさんがついてきてくれた。聖女様の魔法の絵を描くということだが、スケッチを見せてもらうとしっかり私が入っている。聖女様がその絵を覗き込んで、

「あら、私より玲子ちゃんのほうがちゃんと描かれてるんじゃない?」

と指摘した。

「い、いや、そんなことは。玲子さんの方から描いてしまっただけです。あと、この魔法はお二人でしていると聞いていますし」

「ははは、私無しで玲子ちゃんだけでもいいのよ」

「そ、そんなことは」

「話は変わるけど、ヤニックさん、転勤ってどう思いますか?」

「転勤ですか、仕事ならば仕方ないのではないですか」

「そう、あのね、フランツさんとも話したんだけど、ヤニックさん、離宮から離れてもらっても、いいかしら」

「え、もう私は必要ないのでしょうか。もっと聖女様の絵を描かせていただきたいのですが」

 私の絵ではないらしい。

「ヤニックさん、嘘ついちゃだめですよ。玲子ちゃんの絵でしょ」

 ヤニックさんの顔が赤くなった。

「大丈夫よ、ヤニックさん、私付きの絵師になりませんか?」

「それは光栄ですが、職人としての仕事もありますし」

「それはフランツさんとも話しました。フランツさんも職人としてのヤニックさんの腕は買ってます。だけど、絵に専念して、画家として成功してほしいとも仰ってましたよ」

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