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第84話 雷雨

 離宮の日々は楽しかった。仕事はほんの少ししかないし、ヤニックさんともしょっちゅう顔を合わせる。一緒に作業することもあるし、モデルになることもある。

 レーザー光のほうはなかなか進まなかったのだが、研究なんてそんなものだ。あれをやってもだめ、これをやってもだめ、その蓄積が大切なのだ。きちんと記録をつくっているので、うまくいっていないなりに、前には進んでいるはずである。


 子どもたちは夏を満喫している。先輩たちも夏を、研究を楽しんでいる。私も夏を楽しんでいるのだが、ときどき気持ちがふさがってくることがあった。


 原因はわかっている。いつかはわからないが、いずれ私達はもとの世界にもどる。そのとききっと、ヤニックさんは一緒には来ない。だから私はヤニックさんとの関係を、前に進める気にはまったくならなかった。

 ただ、短い夏をたのしむ先輩たちや子どもたちの前で、私の暗い気持ちを出すわけにはいかず、それも私の心を重くしていた。


 ある日の午後、レーザー光の魔法を研究しているときだった。空に雲が増えてきて、私も聖女様もそれが気になった。

「雷雨が心配ね。今日はこれくらいにしよっか」

 聖女様の意見ももっともなので、

「そうですね。落雷は怖いですね」

と返事して、離宮へ帰るために荷物をまとめることにした。


 どんどん暗くなってきた。

「まずい、急ごう、全員、雨具装着!」

 聖女様は急に騎士団長の口調になった。


 急いで雨具を着て、道具を片付け、離宮への道を急ぐ。

 いよいよ降ってきた。


 雨具で視界は狭いし岩は雨で滑る。首筋から中に水が入り込むのがわかる。いつ落雷があるかわからず、気ばかり焦る。


 近くに落雷があった。まずい。足がもつれる。


「玲子ちゃん」

 膝をついてしまった私に聖女様が手を伸ばしてきた。

「ありがとうございます」

 手をとったとたん、

 パシッ!

 乾いた音がした。

 バリバリバリッ!

 近くの木が裂ける。

 腰が抜ける。


『だいじょうぶ、離宮まではすぐよ』

 手を通して聖女様の思考が流れ込んできた。

『私も怖い、でもステファンのいないところで死ねない』

『はい』

 聖女様はびしょびしょだが笑顔である。この人は強い。私もなんとしてもヤニックさんのところにもどらなければならない。


 雨は猛烈になってきた。かわりに落雷の音は少なくなった。気持ちも落ち着いてきて、なんとか離宮に帰り着くことができた。


 離宮の入口に沢山の人がいた。みんな私達のことを心配していたらしい。いや、聖女様を心配か。聖女様はネリーさんから渡された布で顔を拭きながら、周りの人に話しかけている。まあよかったと思っていると、急に抱きしめられた。

「レイコさん、よかった」

 ヤニックさんの声だった。

「ヤニックさん、そんなにしたら、やニックさんが濡れてしまいます」

 私の雨具の水がヤニックさんを濡らしてしまうことが心配だった。

「よかった、よかった」

 ヤニックさんは、私の言葉を聞いていない。

「ごめんなさい、もっと天気に気をつけるわ」

「ええ、ええ、そうしてください」


 私達は一つの部屋に連れて行かれた。ちょうど一年前にこの世界に来たとき、朝露に濡れた私達が連れてこられた質素な部屋である。しかし今日は、すでに暖炉に火が用意されて、暖かかった。

 私が雨具をとるとヤニックさんは再び私を抱きしめた。私も自分の腕に力をこめた。


 このとき私は思った。

 私とヤニックさんの関係を、はっきりさせなければならない。

 おそらくヤニックさんは遠慮している。

 私の立場は聖女様の秘書、つねにともに行動している。

 ヤニックさんも聖女様に重用されているとは言え、所属は離宮、仕事は絵画を中心とした美術関係の職人である。彼の立場で私と一緒になりたいとは、ちょっと言いにくいのだろう。

 おそらく聖女様は私達を応援してくれる。応援どころか聖女の権力を使ってでも便宜を図ってくれる。真面目なヤニックさんは、そうされることを快くは思わない。それは私も同じである。

 だからといってこのままでいいわけではない。

 私は夏の間に、とにかく私なりの結論を出すことを決めた。


 そんなことを考えている間に、私と聖女様、さらに私達に同行していた騎士たちは暖炉の前に並んで座らされた。ヤニックさんは自分の仕事に戻っていった。気がつくと周りの人たちは、妙にニヤニヤとしている。もちろん聖女様もである。

 恥ずかしくなった私は必死に考え、この状況から抜け出す話題をひねり出した。

「聖女様、雷って、静電気ですよね」

「うん、雲の中で氷とかがぶつかり合っておきるんじゃなかったっけ?」

「そうですよね。だったら風魔法と水魔法の組み合わせで、電撃って作れるんじゃないですかね」

「あ、そうね」

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