第83話 夜空
その日は夕食に呼ばれるまで、聖女様と二人で緑のレーザー光の練習をした。練習はしたのだが、どうもレーザー光になっている気がしない。聖女様も口を尖らせているから、成功したと思っていないのだろう。
「ま、ゆっくりやればいいか」
「はい、そうですね」
その日の夕食はにぎやかだった。
まずは聖女様である。
「ステファン、緑の光は出たのよ」
「位相は?」
「それはまだ。これから玲子ちゃんと調べてみる」
「そっか、僕はガラスだよ」
「ガラス?」
「うん、レンズとか作ってみようと思ってね、工房のみんなと研磨できないか調べ始めた」
「そっか、なら私、プリズムが欲しい」
「分散?」
「うん」
分散とは、たとえば白い光がガラスに斜めに入ったとき、色が滲む減少である。虹の原因でもある。屈折率が光の色によって違うとも言えるし、ガラス中での光の速さが波長によって異なるとも言える。これを使えば光の色を正確に測定できるようになるし、温度も測れるようになるかもしれない。
「それはレーザーができてからの方がいいんじゃない?」
「へ?」
「平面とか、直角とか、レーザーがあれば測りやすいだろう」
「それもそうか」
「とにかく僕らは、ガラスの研磨の基礎技術を探るよ」
あかねちゃんからは、
「私達ね、薬草の採取したんだよ」
という報告があった。まほちゃん、みほちゃんといっしょに行ったとのこと。ネリス先輩、マルス先輩が引率である。
「ネリスったらさ、剣でドバっと刈っちゃうんだよ」
「はは、剣の腕を自慢したいんだよ」
「わかるけどさ、その大事なところをマルスは見てないんだよ」
「あら」
「マルスは地道にね、手で丁寧に薬草を抜くんだ」
「ああ、兵として戦争に出てるから、そのあたりは詳しいんだね」
「うん、だから一番集めたの、マルスだったんだ」
「じゃあネリスはかっこつかないね」
「うん、なんか悔しがってた」
「ヘレンたちはどうだった?」
聖女様の問いかけに、
「うん、電池の研究、続けられそう」
とヘレン先輩が答えた。
もともとの打ち合わせではヘレン先輩とフィリップ先輩は夏の間天文観測のデータについて解析する予定だったが、今日については電池の研究を行うフローラ先輩、ケネス先輩を手伝っていたらしい。
「廃液はどうするの?」
廃液とは、いろいろな化学実験をしたあとにできてしまう液体のことである。酸だったりアルカリだったりするし、電池の実験をしていればその液中に金属イオンが溶け込んでいる。だからそのへんに流してしまうわけにはいかない。聖女様はその処理について質問したのだが、フローラ先輩が答えた。
「それが問題なんだよね。とりあえずは溜め込むしか無い」
「ま、いろいろやってるよ。とにかくこっちではあんまりたくさん作らないように気をつけるよ」
化学出身のケネス先輩が安心させるように言った。
食事を摂りながら一通りの報告を報告を聞いたところで聖女様が言った。
「ま、本来夏休みなんだからさ、みんな無理しないでね」
するとすっとうしろからネリーさんがやって来て、
「お言葉ですが奥様、私が心配しているのは奥様ご自身です」
と告げ、みんなで大笑いした。
せっかくの夕食なのだが、ゆっくりと食べている暇はない。北国の夏、夜が短いから星を観測できる時間が限られるのだ。
「ヨアヒムさん、ごめんね。腕に縒りをかけた料理は、お昼におねがい」
本当は聖女様は料理長のヨアヒムさんの料理が大好きだ。王都にいるとき聖女様からその美味しさは散々聞かされていた。去年の夏、私もたくさん食べていてその美味しさを知っているのにもかかわらずである。
ヨアヒムさんは笑顔のまま厨房に姿を消した。夜食の準備を始めるのだろう。
みんなでぞろぞろと外に出る。まだ薄く太陽の光が残っていて、星は出切っていない。それでも都市部に比べればすでに多くの星が見えている。女騎士が数人観測機材にとりつき、観測の準備を始めている。聖女様はそこに歩いていき、
「機材の調子はどう?」
と声をかけている。するとフローラ先輩がすっと近寄って、
「うん、ここは任せて大丈夫だから、あんたはあっち」
と機材から少し離れた場所に用意されたテーブルを指さした。
「なにも追っ払わなくてもいいじゃない」
と聖女様は文句を言うが、殿下が、
「僕といっしょにゆっくり見ようよ」
と慰めている。
だんだん暗くなってきて、お互いの顔が見えなくなってきた。
「れいこちゃん」
「なに? みほちゃん」
「私達、ちゃんと星の名前覚えてきたんだよ」
「そっか、勉強したんだ」
「うん、そのほうがヤニックさんの神話、面白いでしょ」
「そうだね」
そう言えば今日は、あまりヤニックさんとお話できていなかった。急に今日の一日を無駄にしてしまったような気がしてきた。
「レイコさん」
「は、はい」
聞きたかった声がすぐ近くで聞こえた。
「星の神話を話す約束をしていましてね、レイコさんもご一緒にどうですか」
「はい、ぜひ」
この世界でも星とか星座は神話の登場人物に結びついている。英雄が星座にされていることもあれば、罪人が北天に磔にされている場合もある。青い聖人の星を赤い俗人の女性の星が追いかけているというお話もあった。星は天球上に固定されているから、この二人は一緒になることは永遠にない。
私はヤニックさんに惹かれているし、ヤニックさんも私を憎からず思っているとは思う。でも私は異世界人で、いつかむこうに帰るだろう。帰ったらもとの生活にもどるだけではあるが、ヤニックさんのいない生活に耐えられるか自信がない。
向こうの世界で、好きになった男性は何人かいた。でも私から告白したことは一回しかない。そのときは断られてしまい、それ以降は怖くて口にしたことはなかった。
同じ世界にいる男性相手ですらこうであるから、本来住む世界の違うヤニックさんに、私からアクションを起こすことはとてもではないができない。ヤニックさんから言われたとしても、きちんと受け止められるか全くわからない。
先輩たちはみんなパートナーがいて、しかもこちらの世界でもあちらの世界でもそのパートナーと一緒なのが羨ましかった。聞いたところでは、こちらの世界でお相手を見つけるのに苦労したそうだが、それでも、それでも私は先輩たちがうらやましかった。
夜空が滲んで見えた。




