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第80話 離宮へ発つ前に

 四日間にわたる入試が終わり、女子大のキャンパスは人気が無くなった。私は聖女様と一緒に会議室へとキャンパス内を歩きながらそのことを口にすると、

「来年からはそうもいかなくなるかもね」

と返された。

「どういうことですか?」

と聞き返すと、

「大学院もやりたいのよね」

とのお答え。


 今度の秋に女子大はやっと四学年が揃う。ということは1年後に初の卒業生が出るわけで、たしかに卒業後も学問を続けたいという声は私もいくつも聞いていた。聖女様は小声で話を続けた。

「あのさ、私、札幌で夏休み、とってないんだよね。院生ってそういうもんでしょ」

「聖女様、落ち着いてください。そんなのごく一部だけですよ」

「そうだけどさ、私の教え子だよ」

「わかりました。そういうものだとしましょう。ということは夏休みの離宮生活は、今年で最後ということですね」

「あ」

 何も考えていなかったときの聖女様の典型的な反応である。気をつけないと聖女様はこの話を蒸し返しそうだから、早めにヘレン先輩の耳に入れたほうがいいだろう。

「玲子ちゃん、ヘレンには黙っといてね」

「嫌です」

「え~?!」


 会議室に着くと、合格者の選考を行うメンバーはみな揃っていた。

「遅くに来た割にはごきげんね、玲子ちゃん、聖女様と何話してたの?」

「大学院やりたいそうです」

「ああ、そんなことか」

「聖女様はですね、大学院をつくったら、夏休みも女子大で研究されるそうです」

「玲子ちゃん!!」

 この話題は聖女様により打ち切られた。


 選考会議は予想と異なり、あまりもめなかった。面接前に問題になったヴァルトラントのアナベルは学力的に問題なく、神学部に合格となった。


 会議後、私は聖女様に聞いてみた。

「合格の会議、案外あっさりしているんですね」

「いや、本当は悩むよ。今でも私はこれでよかったのか、不安だよ。だけどキャパの問題もあるし、私はもう、筆記の結果で機械的にやることにした」

「なるほど。でも、だったら面接の意味、あんま無いんじゃないですか」

「そうかも知れない。あ、玲子ちゃんは面接官じゃなかったもんね」

「はい」

「どの受験生も、熱意はすごいよ。親が受けろって言ったからっていう子は、一人もいないんだ」

「そうですか」

「うん、予科はその救済措置っていうことでもあるんだ」

「なるほど、よくわかりました」

「ま、ともかくこれで夏休み前の仕事は終わり! あとは王宮で報告して、明日から離宮よ離宮!」

「そうですね」

「玲子ちゃん、うれしそうね」

 私は隠してもしょうがないと思うので、

「はい、早くヤニックさんに会いたいです」

と答えた。

 私としては冗談めかして言ったつもりだったのだが、聖女様は目を赤くした。

 きっとステファン殿下とご結婚される前のことを思い出されたのだろう。


 ステファン殿下は聖女様と結婚する前、政治的な理由から軟禁生活を送られたと聞く。実のところ当時病弱だった殿下を余計な政争から守るための措置だったらしいが、聖女様としては心配でならなかったらしい。結局ゆっくりと殿下との時間をはじめて過ごすことができたのは離宮での夏休みだったということだ。私の事情とご自身の思い出を重ねあわされたのかと思う。


 夕方、私は聖女様のお供で王宮を訪れた。夕食を国王陛下とご一緒し、それを持って離宮へむかう挨拶とするのだ。離宮へはまほちゃんみほちゃんあかねちゃんも行くので、今夜は王宮へ一泊、明日一緒に王都を発つ予定だ。


 夕食は豪華だった。というより晩餐会だった。


 まず王宮へ到着したところで、私は女官の人たちに捕まった。

「レイコ様、どうぞこちらへ」

「あの、聖女様と一緒じゃないんですか?」

「はい、聖女様は別の部屋でお着替えになられます」

「はあ」


 私は陛下御夫妻と何度も夕食をご一緒したが、ただのお金持ちの食卓と言う感じだった。だからとくに気構える必要もなかった。今夜もそんんなつもりで王宮へ来たし、時間があればまほちゃんたちの部屋にも顔を出す気だった。


 ところがである。

 気がつけばパウダールームのようなところ(いやパウダールームそのものか)でドレスに着替えさせられ、ばっちりお化粧された。我ながら別人のようである。

 着替えが終わるとまた女官さんに案内されて控室みたいなところに行くと、まほちゃん、みほちゃん、あかねちゃんが待っていた。

「れいこちゃ~ん! きれいになったね!」

「みんなもかわいくしてもらったね!」

「お姫様みたいでしょ!」


 そしてまた女官さんの案内についていくと、晩餐会の会場の入口だった。聖女様とステファン殿下以外の先輩たちがみな、着飾って揃っている。

「あ、きたきた玲子ちゃん」

「ヘレン先輩、今日、晩餐会ってしらなかったんですけど」

「あは、教えなかった」

「ひどいです 知ってたらこっち来る前にお風呂入ってきたんですけど」

「まあまあ、玲子ちゃんはきれいだよ」

と余計なことを言ってヘレン先輩につねられていたのはフィリップ先輩である。

「ワハハ、ワシもきれいじゃろ」

と言っているのはネリス先輩だ。


 要するにみんなで晩餐会であることを私に黙っていたらしい。先輩たちは後輩をいじって面白いんだろうか。

 そもそも先輩たちはみんな、エスコートの男性がいるが、私にはいない。おそらく私の役目はまほちゃんたちの先導役なんだろう。


 正直「ちぇっ」という気持ちでいたら、懐かしい声がした。

「レイコさん、こんばんは」


 ヤニックさんだった。


 ヤニックさんは多分、晩餐会にあわせた豪華な衣装をきていたんだろうけれど、私はそれを見る余裕などなく、とにかくヤニックさんの顔だけを見続けていた。


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