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第76話 夏休みの前に

 ここ十日ほど、とにかく忙しかった。

 まず、王宮から聖騎士団へと引っ越しした。身分としては聖女庁の職員となり、聖女様の秘書ということになった。聖女様にくっついているのにはこの身分が都合がいいからである。聖女庁にデスクが置かれ、ジャンヌ様の部屋である。そのせっかくのデスクにはあまり座る機会がなく、あっちこっちへ移動する聖女様にくっついて移動する。聖女様が忙しいのはわかっていたが、これほどまでとは思わなかった。

 聖騎士団で目覚めた聖女様の朝は、朝食前の私室での事務から始まる。前日に決めておいた今日のスケジュールを確認し、夜間に到着した気象観測データを含めた各種情報にざっと目を通す。これに私は同席するし、意見を聞かれることもある。

 朝食は聖女様の近くに座る。ただ、隣ではない。聖女様の片側はステファン殿下が定位置だが、その反対側は毎日変わる。聖女様はなるべく多くの人ととなりあい話し合うことを大切にしている。私は近くの人と会話していないときは、聖女様の話を聞くようにしている。

 朝食後は聖騎士団の事務仕事だ。前日のうちに入っていた報告に対し、つぎつぎと決断していく。ほぼすべての案件を先延ばしにせず決済してしまう。

「先延ばしにするとね、かならず仕事がたまるのよ。自分で処理しきれない場合、そのあたりに精通している人にお願いしてるわ」

と聖女様は言っている。

「とにかく決断すること。万が一間違えていたら訂正すればいいのだから」

とも言っている。

 そのあとは日によって違う。王宮へ行く日、女子大か女学校で講義をする日、研究する日、騎士団の演習を行う日などがある。しかもこの行き先が一日でひとつということはほぼなく、だいたい二箇所、場合によっては三箇所になる。移動にかかる時間も馬鹿にならない。研究にしてももともとやっていた天文現象や気象現象の観測結果の解析もあるし、電気系や物質系の将来のノルトラントの発展につながる研究もある。忘れてはいけないのが紙の上での相対論・量子論などの研究で、これをやっている間が聖女様のご機嫌が最もうるわしい。このように研究がいっぱいあるのだが、さらにそれに魔法関連がある。心を読む魔法のブラッシュアップ、光魔法の応用としてのレーザー光の研究が増えた。だから秋からの女子大や女学校での授業は、大幅に減らされる予定だ。


 なお昼食はその日の仕事場の近くで、夕食は半分くらいは王宮、半分くらいは聖騎士団でとる。騎士団で食事する場合は朝食と同様、聖女様のとなりに座る人が毎日変わる。


 私が寝起きする部屋は騎士団の聖女様の私室のすぐ近くに与えられ、私が単独行動する場合は、密かに私自身の警護もつくようになった。その要員は聖女様の親衛隊から派遣される。


 この忙しい日々のしめくくりは、女子大の入学試験だった。その少し前の女学校の卒業式もそれなりに時間がとられたが、聖女様としては出席していればそれでよかった。聖女様も私も、卒業生や在校生たちとの会話を楽しむことができた。


 その女子大の入試の朝、聖女様とともに女子大へと行くと校舎前の広場に人だかりがしている。私達女子大側の人間が出勤する前に来るとは、受験生たちも相当気合が入っているようだ。そちらからは時々「ハイッ」とか「オー!」とか言う声が聞こえてくる。

「ありゃネリスだわ」

 聖女様が呆れたようにつぶやいた。

「ネリス先輩ですか?」

 私はつい聞き返してしまった。

「そうなのよ。女子大って、もともとネリスの発案だって知ってるでしょう?」

「はい」

「そのせいかネリスは予科生に相当いれこんでてね。去年も予科生を集めて気炎を上げていたわ」

 予科生とは、1年前の入試で不合格とはなったが、その中でも上位の者たちである。女子大の予科で翌年の合格を目指し、勉強に勉強を重ねてきたのだ。その者たちの教育にネリス先輩はかなりの時間と情熱を注ぎ込んでいるのは私も知っていた。

「そうですか、それで去年の予科生の結果はどうだったんですか?」

「うん、全員合格」

「じゃあネリス先輩は、今年も誰も落としたくないでしょうね」

「そうなのよ、だけどさ、この調子だと将来、予科に入らないと女子大に入りにくいみたいになりそうな気がするのよね」

「それはそれで、あんまり良くないですね」

「そう、女子大は4年、予科で1年、合計5年かかっちゃうからね」


 そうして歩いていたら、ネリス先輩を囲む予科生の一人が聖女様に気づいた。

「あ、聖女様!」

「「「キャー!」」」

 私は聖女様のすぐ隣りにいたから、聖女様と一緒に予科生にわっと囲まれてしまった。

「最近お会いできなくて寂しかったです」

という声が多い。中には、

「レイコさんもいらっしゃらなくて、困りました。レイコさんの説明、わかりやすかったので」

という声も聞こえ、私達の魔法の修行のせいでこちらにも迷惑がかかっていたことを認識させられた。しかし聖女様はこういうことにもなれているのだろう、

「みなさん、きっとネリスがこれから合格の秘策を授けてくれるわよ、ちゃんと聞いておかないと」

と言い、予科生たちはネリス先輩の方へ戻っていった。予科生たちの背中越しにネリス先輩のちょっと困ったような笑顔が見えた。

 その人達から離れながら、私は小声で聖女様に聞いた。

「合格の秘訣ってなんですか?」

「知らない!」

 聖女様は嬉しそうに言った。

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