第7話 お昼寝中
みほちゃん・あかねちゃんがお昼寝をはじめたところで私とまほちゃんはベランダに出ていた。そこで聖女様は、この世界に連れてきてしまったことを私達に詫びながら泣いていた。
「ごめんね、泣きたいのはそっちだよね。あのね、お菓子おいしいよ。私を気にしないで、ぜひ食べて」
聖女様は泣きながらお菓子を食べ、詫びながらお茶を飲んでいた。
私はそんな聖女様が美しいと思った。
修二さんはそんな彼女を愛し、仲間のみなさんは敬愛しているのだとわかる。
私はお菓子を食べた。パイ生地にクリームが閉じ込められていて、確かにおいしい。まほちゃんにも勧める。そして私は言った。
「聖女様、私達がここに来たことは事故だと思います。事故ですから聖女様に責任はないと思います。ですから今後、少なくとも私に関しては責任を感じたり、そのようにおっしゃらないでください」
「ありがとう玲子ちゃん、ごめんね」
「ですから謝らないでください」
「うん」
聖女様はまだ泣いていたが、心を決めたのだろう。急に立ち上がった。
「もう大丈夫、うん、大丈夫」
と言って、つづけて「あ」と言った。
「ネリー、ごめんなさい、パイのかけらで床をよごしてしまいました」
そう言いながら聖女様はしゃがんでパイのかけらを拾おうとする。するとネリーさんが飛んできて、
「聖女様、そのようなことは私達におまかせください。聖女様もこちらにおかけ頂いて」
と対応している。
「はい、ごめんなさい」
聖女様は言われるがままサマーベッドに腰掛け、そこでメイドさんが一人ほうきをもってきて素早く掃除してしまった。
目の前には濃い緑の針葉樹の森が視界を遮っている。そのせいで景色は見上げる空とその森だけなのだが、それが美しい。鳥の声も聞こえる。その景色を眺めながら、私達に泣いて詫びる聖女様、そしてネリーさんに注意される聖女様を思い出していた。
杏さんは「聖女」という役職にありながら、正直でときとしておっちょこちょいで、そんな人柄がここの人たちに慕われているのがなんとなくわかってきた。だから私は、当面聖女様にまかせておけば私達は安全に暮らしていけることが理解できた。聖女様のほうからはむしゃむしゃとお菓子を食べる音が聞こえてくる。反対側のまほちゃんはスースーという音がしているので寝てしまったのかもしれない。メイドさんがやってきてすっとブランケットをかけた。そのメイドさんは続いて私のほうにもやってきて、無言でブランケットが必要か問うてきた。私は笑顔をつくって頭を下げ、お願いした。
お腹のうえのぬいぐるみに加えブランケットは肩のあたりもあたたかくなり、私も眠くなってきた。
寒気を感じて目を覚ますと、陽が陰ってきていた。すっかり寝てしまったらしい。横を見るとまほちゃんも同じだったようで目をこすっている。反対側の聖女様はというと、いなかった。メイドさんがすっと寄ってきて、
「なにかお飲みになりますか」
と聞いてきたが、渇きをかんじていなかったのでお礼を言って断った。そのかわり、
「聖女様は?」
と聞いたら、
「室内にいらっしゃいます」
と言われた。サマーベッドから立って部屋に入ると、聖女様は一人でなにやら紙に書き込んでいた。夢中になっており、私が近づくのにも気づかなかった。
すぐ近くまで寄ったところで聖女様は顔をあげ、
「あ、玲子ちゃん、休めた?」
「はい、おかげさまで」
聖女様はあわてて紙をかき集めた。ただ私はその紙に書き込まれているのが数式であるのがわかった。
「お勉強中でしたか?」
「うん、一般相対論。私物性だから、むずかしくて」
「教科書はあるんですか?」
「ないよ。明くんは宇宙論だから結構記憶してるから、ときどき教わってる」
「なるほど……」
聖女様はもとの世界に帰るために物理、とりわけブラックホールを調べていると言っていた。聖女かつ騎士団長という立場から、勉強の時間はほとんど自由にならなかったに違いない。だからちょっとでも時間があると勉強する習慣が身についているのだろう。
「お忙しいのに、私達のために、すみません」
「それは言わないで」
「はい」
「でもね、本当に申し訳ないんだけどね、私としてはあなたたちに仲間になって欲しい。いままでずっと8人でやってきたから」
「私については問題ありません。ただ、子どもたちは……」
すると背後から声が聞こえた。
「杏ちゃん、私は杏ちゃんの仲間だよ」
みほちゃんがぬいぐるみを片手でひきずって起きてきていた。
「ありがとう」
「お姉ちゃんもあかねちゃんも、同じだと思う」
「わかった」
私にブランケットをかけてくれたメイドさんがすっと近寄ってきた。
「聖女様、そろそろお夕食の時間ですが」
「あら、そう。みんなを起こすわ」
聖女様は立ち上がり、寝室に行く。メイドさんが追いかけるが、
「ごめんなさい、慣れている顔が起こしたほうが」
と、聖女様はメイドさんを止めた。
「失礼いたしました」
私もベランダへ向かった。
ベランダに出ると木々が日光を遮り肌寒くなっていた。もう夕食時だということは、この地は緯度が高く、夏場は日が長いのだろう。感覚としては札幌よりも緯度が高そうだ。
「まほちゃん、お夕飯だって」
肩に手をかけて声を掛けると、
「う、んん、あ、はい」
と目を覚ましてくれた。