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第61話 魔女の家

「来た」

 聖女様が小さいが鋭い声で言った。

「ルドルフ、玲子ちゃんの後ろにまわって」

「わかった」

 私も持たされていた短剣に右手をかけた。魔物が近づく気配がする。ただまだ見えない。首から下げた旅の安全の護符を、服の上から左手で握りしめた。出発の前日、ヤニックさんからもらったものだ。


 息を潜めるようにして魔物の接近を待つ。見通しの良いこの森では、身を隠すところなどない。攻撃されたら戦うしか無い。


 やがて魔物が見えてきた。濃い緑色の縞模様で保護色になっている。ただ尋常でなく大きい。イノシシのような体つきだが一番高いところで私達の身長の1.5倍位ある。恐怖に負けてしまわないよう、いざとなったら刺し違える覚悟で睨みつける。


「玲子ちゃん、だいじょうぶよ。この子は魔女様のお迎えだわ」

 聖女様の声がしたが、しばらくその意味がわからなかった。

「玲子ちゃん、ほんとに大丈夫だよ」

 うしろからルドルフくんに言われ、やっと私も体の力を抜くことができた。つい、はあ~と息を吐いてしまう。

「玲子ちゃん、緊張したね。初めてだからしかたないよ」

 聖女様が慰めてくれた。

「あの、聖女様が戦闘経験があるのは知ってますが、魔物と戦ったこともあるのですか」

「うん、あるよ。あのときもルドルフに来てもらったな」

「そうですか」

「まだ聖女になりたてのころでね、経験不足もいいとこだった」

「ママ、僕は戦闘が終わってから呼ばれたんだよ」

「そうだっけ?」


 そんな会話をしているうちに、魔物は眼の前にまで来た。イノシシのような魔物は聖女様をじっと見つめ、くるっと向きを変え、ゆっくりと歩き始めた。

「ついていけばいいのよね」

「うん、ママ」

 聖女様とルドルフくんが魔物についていくので、私もついていく。


 少し歩いたところで、魔物は道から右にそれた。聖女様がその場所で止まっていると、魔物は振り返って聖女様を見た。

「わかったわよ、ついていくわよ」

 聖女様は道から外れて草の上を歩き始めた。


 私も思い切って、道の外に出て魔物について行く。思ったより歩きにくいことはない。もしかしたら本当は道があるのだが、魔女様が魔法で見えなくしているのかもしれないと思った。


 どれくらい歩いただろうか、木々の向こうに小さな家が見えてきた。屋根の先端がとがっており、ちょうど魔女の帽子が屋根になっているような構造だ。煙突がその帽子の横から突き出ていて煙が出ている。

「ああ、もうすぐだね」

 聖女様がいい、ルドルフくんが

「うん、そうみたいだね」

と答える。私はまだ歩きやすさと見えている森の地面の様子のちがいに戸惑っていて、答えることができない。


 もう少し近づくと、家のドアが開き、人物が出てくるのがわかった。家のあたりは木が伐採されているのでその人に光があたる。黒く長い衣装に身を包み、日光がブロンドの長い髪を輝かせている。しかしその人は家の屋根に似た黒い帽子を被り、髪の輝きは見えなくなった。


 家のすぐ前までたどり着くまで、その人物の顔つきはわからなかった。すぐ前まで柄づいた時、その人は帽子を取り、再びブロンドの髪が輝いた。


「よく来たね、聖女様。あと、ルドルフとレイコだったかい?」

「はじめまして、魔女様」

「こんにちは、魔女様!」

「お世話になります」

 元気なルドルフの挨拶に魔女様は相好を崩し、ルドルフの手を取り家の中へと導いた。


「まあ座りなさい」

 促されるまま、大きなテーブルを囲んで座る。

「よく来たね、私がシャルロッテだ」

「ベルムバッハのアンです」

「ルドルフです」

「サッポロのレイコです」


 魔女様は年齢30歳くらいにしか見えない。国王陛下のお姉様なわけだからそんなことは無いはずだが、青い瞳、びっくりするくらい白い肌で美しい。すこし顎が尖っているがそれもまた美しいお顔で、私と同じくらいの年齢の頃はものすごい美人だっただろうと思う。いや、今でもものすごい美人だ。

「レイコ」

「はい」

「私、きれいだろう」

「はい」

「でもそれは魔法の力でやっていることで、レイコのような本当の美しさではないよ」

「いや、そんな」

「私はここで、ひねくれて生きてきたからね」

 答えようがないので、黙るしか無い。

「はは、困らせてしまったね。で、聖女様」

「アン、とお呼びください」

「えらぶらないんだな」

「えらくないですから」

「あんたのやってきたことは、ここでも聞いているよ。弟や弟の国を救ってくれてありがとう」

「義務を果たしただけです」

「まあ、あんたが本心で言っていることはわかる。わかるが、それはあんたの弱点になるかもしれないよ」

「はあ、ですが私の至らぬ点は、仲間が補ってくれますから」

「部下とは言わないんだな」

「仲間です。部下とか上司とかは役職上の問題で、気持ちは仲間です」

「そうか、じゃあ私は仲間か?」

「いえ、お師匠様です」

「ははは、まあ仲間になれるようにがんばるよ。とりあえず荷物を置いて普段着に着替えるといい。上の一部屋が空いている。ドアが開けてあるからすぐわかるよ」

「ありがとうございます」

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