第52話 先輩たちの激怒
女子大の実験場でヘレン先輩に、私と聖女様、さらにはルドルフが森の魔女様に呼ばれた件を話すと、ヘレン先輩は慌てて実験場をあとにした。
「ヘレン先輩、慌ててましたね」
と私が口にすると、ネリス先輩は、
「うむ、聖女様が勝手に魔女様に返事する前になんとか干渉したいのであろう」
と言った。
「聖女様のスケジュールはぎっちりつめこまれておるし、その変更となれば宮廷・各騎士団・病院など、方方の調整が必要じゃろうからな」
一方マルス先輩はと言うと、天井を見上げて遠い目をしている。それをみてネリス先輩は、
「マルス、いざとなったらワシが慰めてやるからの」
等と言っている。
「はい、そうですね、おねがいします」
この二人は夫婦なのに、未だに先輩後輩の関係らしい。ただ、なんでマルス先輩がそんなに落ち込んでいるのか気になったので聞いてみた。
「あの、マルス先輩は聖女様の予定がかわると、そんなに大変なんですか」
「うん、まあ使いっ走りというかね……」
「ああ、なるほど」
聖女様の仲間のうち、マルス先輩は一人だけ身分が低い。正確にはケネス先輩も職人だから身分は低いのだが、彼にはこちらでは鍛冶職人、元の世界では化学の専門家としての知識と経験がある。
聖女様を含め女子の先輩たちはみな平民の出身らしいが、聖女様は騎士団長を兼任し、ほかの3人も正規の騎士であり聖女様の側近中の側近として公的に重要な立場にある。
ステファン先輩は王子、フィリップ先輩も貴族の出。だから身軽に動けるのはマルス先輩くらいなのだ。
「まあ僕はただの兵卒だから、身分の低い人とも話しやすいしね。どんな部署でも実務としてものごとを動かしているのはそういう人達だからね」
使いっ走りというよりは、聖女様の眼としての役割もになっているようだ。
「まあそれだけではないのじゃ」
ネリス先輩が言い始めた。
「そうなんですか」
「うむ、マルスはあっちで聖女様の後輩だったじゃろ。聖女様にとって弱みを見せたりわがままをいったりできるのはマルスだけなのじゃ」
「え」
「意外じゃろ」
「まずワシらは友達じゃ。聖女様としても我等と対等でありたいと思ってるだろうし、ある意味ライバルじゃ」
「ライバル?」
「うむ、ワシらはあっちでは研究仲間であるし研究上のライバルじゃ。こっちでは仕事仲間でもあるが、だれが一番幸せになるか、ライバルじゃよ」
「なるほど」
「もちろん一番しんどいときは、聖女様も殿下かワシらを頼るよ。だけどマルスのおかげで、けっこう聖女様の心の健康が保たれているのも事実じゃな」
「マルス先輩、しんどくないですか」
「ははは、でもね、戦地で死にかけてた僕を助けてくれたのは聖女様なんですよ」
それは知っていた。
「うむ、そうじゃ、ワシにマルスを引き合わせてくれたのもな」
「そうらしいですね」
最後にマルス先輩がしめくくった。
「あとですね、聖女様はまだ、ステファン先輩にはかっこいいところ見せたいみたいなんですよ。だからわがままは僕にぶつけてくるんです。ま、かわいいもんですね」
聖女様が後輩のマルス先輩をかわいがっていることはわかっていたが、マルス先輩も聖女様のいいところも悪いところも敬愛していることがよくわかった。
午後の休憩をとっていると、聖女様が顔を出した。
「よかった、玲子ちゃん、ここにいた」
聖女様はほっとした顔をした。
「どうしたんですか」
「あのさ、聖女庁でさ、ヘレンとフローラから十字砲火浴びた」
私は思わず聞いてしまった。
「十字砲火ってなんですか」
「それはね、敵を射撃するのにね、二箇所から打ち込むのよ。そうすると身を隠す場所がほとんどなくなるから、効果的に攻撃できるのよ」
「あの、騎士団でそれ、やってるんですか」
「やってない。あ、弓兵を使えばできるか。例えば城壁の端と端に弓兵を配置して……」
ネリス先輩が口を挟んだ。
「聖女様、おぬしそんな話をするためにここに来たのか?」
「あ、そうだった。玲子ちゃん、助けて」
聞けば聖女様は聖女庁に顔を出し、聖女代理のジャンヌ様、聖女庁長官のマリアンヌ様に森の魔女様のお話をしていたのだそうだ。
「ジャンヌ様とマリアンヌ様は笑顔で聞いていてくれたんだけど、そこにフローラもいたのね。それでフローラが私の話遮るのよ」
「はあ」
「フローラはさ、そんなこと聖女庁と話ししてからやんなよって、偉い剣幕なのよ。だから私は最初にジャンヌ様に話したんだけど」
するとネリス先輩は割り込んできた。
「聖女様、陛下には魔女様のところに行くと言ってしまったのであろう」
「そりゃそうよ、こっちから頼んだんだもの」
「あっちから来てもらうという手もあったのではないかの?」
「まあそうだけど、こっちがお願いするのだから……」
「理屈としてはそうじゃが、聖女様の予定を管理している聖女庁に形だけでも相談するべきであったの」
「う」
「それでヘレンは?」
「うん、私が一方的にフローラに怒られているところにやってきてね、入口を塞ぐように立ってさ、やっぱり怒ってた」
「なるほど」
「で、しばらく怒ってたんだけど、こんどはジャンヌ様とマリアンヌ様に平謝りしてた」
「まあそうなるな」
「ひどいんだよ、私も頭下げてたんだけど、ヘレン、私の頭をさらに上から抑えたんだよ」
「まあそんなことできるの、あやつくらいしかおらんな」
しばらく聖女様の話を聞いていたら、ヘレン先輩がもどってきた。
「あ、聖女様ここにいたか」
「ヘレン、いくらなんでもあれはひどいんじゃない?」
「はは、あれくらいやっとけば、マリアンヌ様も聖女様のためにスケジュールあけてくれるでしょ」




