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第48話 マフラー

「ヤニックさん、聖女様たちって、意外とぬけたとこあるんですね」

 私は夕食を摂りながら、今日の午後あったことをヤニックさんに話していた。

「聖女様はともかく、ネリスさんがそんなミスをするのは珍しいですね」

「そうですよね。でも私、そんな聖女様たちが大好きなんです」

「私もですね、みなさんともっと一緒に仕事がしたいものです」

「どうせそのうちまた、離宮へ伺うことになると思います」

「お待ちしていますよ」


 今日は昨日と同じレストランだが、メインディッシュが違った。大きな四角い揚げ物で、ナイフで切ると白と肉の茶色が混じり合っていた。野菜を煮込んだソースがかかっている。

 一口食べると、ほぼコロッケだった。イモとひき肉が混ぜられている。この世界にもコロッケがあるのかと驚いた。

「レイコさん、お口に合わなかったですか」

 ヤニックさんが心配そうに聞いてきた。私は慌てて答えた。

「いえ、故郷の食べ物に近くて、びっくりしてしまって」

「そうですか、それでおいしいですか」

「はい、とってもおいしいです」

 店員さんが近くを通ったので聞いてみた。

「あの、このお料理とっても美味しいんですが、このお店のオリジナルですか?」

 店員さんはにこやかに言う。

「はい、最近うちのシェフが思いつきまして」

「そうですか、とてもおいしいので、私の家族にもたべさせてあげたくなってしまって」

「お持ち帰りをご希望ですか?」

「できますか?」

「シェフに聞いてみます」

 店員さんが去ると、ヤニックさんが言った。

「まほちゃんたちでしたか、あの子達に食べさせたいということですか?」

「そうなんです」

「レイコさんはやさしいですね」

「いえ、あの子達も苦労してますから」

「なるほど」

 ヤニックさんの表情は優しかった。


 今日のデザートもベリーのタルトだった。また食べたいと思っていたからうれしかった。

「ヤニックさん、出張のお仕事は順調ですか?」

「ええ、予定通り買付は進んでいます。レイコさんのお仕事はどうですか?」

「お仕事は聖女様たちのお手伝いですから、私から順調かどうかはよくわからないんです。とにかくがんばってます。ただ私、自分の勉強で、魔法がうまく行かないんですね」

「そうですか、意外ですね」

「意外かどうかはともかく、治癒系の魔法はいいんです。なぜか生活系の魔法がめちゃくちゃで、火をつけようとしても加減が難しいんです」

「加減ですか」

「ええ、全く火にならないか爆発か、みたいになっちゃうんです」

「なるほど」

「笑わないでください」

「笑ってないです。でもそれって、聖女様と似てますね」

「みたいですね。聖女様も苦労しているので、私はどうしたらいいか」

「そういう人は有能な魔女に習うといいらしいですよ」

「魔女ですか」

「ええ、魔女というのはまあたとえみたいなもので、魔法使いのその上みたいな人ですね」

「はあ」

「なんでもシュバルツバルトに森の魔女という方がいらして、その人に教わると誰でも魔法使いになれるっていう噂があるんですよ」

「誰でも、ですか」

「そのかわりその魔女様が気に入った人じゃないと、教えてくれないらしいですよ」

「私なんかは、教わる資格、なさそうですね」

「そうですかね?」


 その日離宮に帰ってヘルガさんに森の魔女について聞いてみると、

「有名な方ですが、シュヴァルツヴァルトのどこにお住みか、誰も知らないんですよね」

とのことだった。地図で調べるとシュヴァルツヴァルトはノルトラント最大の森だった。

 翌朝子どもたちにレストランからテイクアウトしたコロッケを食べてもらうと、素直に喜んで食べてくれた。


 ヤニックさんの出張中、結局私は毎晩夕食をご一緒した。それは甘美な時間であると同時に、その後に訪れる空虚な時間に怯える時間でもあった。でもそれをヤニックさんに言うわけにもいかず、会話が不用意に途切れてしまうことがあった。そのたびにヤニックさんは、

「どうされましたか」

と聞いてくれる。その度私はそれを料理のおいしさのせいとか、お酒のせいとかにしてごまかした。


 週末、ヤニックさんは離宮にもどることとになっていた。まだ暗いうちに馬車で王都を発つ。冬場であるので日が短く、明るい時間を有効活用するには早朝に発たねばならない。私は見送りに馬車の発着所まで出ていた。大変申し訳無いのだけれど、警備にマリカさんが同行してくれた。

「レイコさん、気にしなくていいですから早く行きましょう」

 マリカさんは気を使ってくれ、二人で早足で発着場に向かった。


 発着場は予想外に混み合っていた。こんなことでヤニックさんを見つけられるか心配になる。人々から聞こえてくる声によると、ある馬車が故障してしまい、全体に発車が遅れてしまっているとのことだ。


 私はヤニックさんにマフラーを渡そうと思っていた。こないだ離宮に行った時は手袋を持って行ったが、うまく渡せずやむなく工房に置いてきた。お礼の手紙が来たから無事渡せたことはわかっているが、やはり直接手渡したい。


 探し回っていると、左後ろから、

「もしかして」

という声が聞こえた。振り返るとヤニックさんだった。

「来ていただけたのですか」

「はい、あの、離宮はもっと寒くなると思いまして、これ」

 包を手渡す。

「あけてみてもいいですか?」

「はい、荷物にならないといいのですが」

 包からは、緑と茶色の模様のマフラーが出てきた。私が選んだのだから柄は知っているのだが、何故か鮮やかに見えた。

「ありがとうございます。向こうで使います」

「はい、ぜひ」


 馬車の出発を告げる声がする。

「ヤニックさん、どうかお気をつけて」

「レイコさんもお元気で。離宮でお待ちしています」

「はい、かならず行きます」


 あっという間にヤニックさんは行ってしまった。私はしばらく立ち尽くしていたが、マリカさんを待たせていることを思い出した。

「レイコさん、故障の馬車は、車軸を受ける部分が故障していたそうですよ」

「そうですか」

「みなさんがなさっているお仕事、うまくいけば馬車の故障も減るのですね」

「そうですね、天文以外にも役立ちそうですね」

 そんな話をするマリカさんの眼は赤かった。どうかしたかと思っていると、

「すみません、故郷の許嫁を思い出してしまいました」

と言われた。

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