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第47話 熱処理

「ねえれいこちゃん、お食事はどうだった?」

「教えて教えて!」

 ヤニックさんと夕食をともにした翌朝、目覚めとともに私はみほちゃんとあかねちゃんに捕まっていた。

「うん、まあおいしかったよ」

「それで? それで?」

「うん、楽しかったよ」

 みほちゃんのお姉さんであるまほちゃんは質問こそしてこないものの、二人を止めることはない。

「何のお話をしたの?」

「ヤニックさんは芸術家じゃない、料理の色合いとか」

「ふ~ん、それで?」

 上手に答えられず困っていると、助けが現れた。

「みなさん、朝食のお時間です。お着替えください」

 時間をつげてくれたヘルガさんは、もしかしたらいつもより少し早く来てくれたのかもしれない。


 朝食では聖女様に、

「昨日はお気遣いいただき、ありがとうございました」

と言ったら、にっこりとされただけだった。聖女さまは殿下とおつきあいされるまでかなり苦労されたと聞いている。そんな聖女様だからあれこれと詮索せず、そっとしておいてくれているのだとわかる。


 ヤニックさんが昨日王都に来る予定について、私は知らなかった。知っていたら昨日は仕事が手につかなかったかもしれない。聖女様達も知らなかったのだと思う。知っていたらならおせっかいな先輩たちのことだ、服装やらなんやら口を出してきただろうし、仕事も最初っから早退することになっていたにちがいない。それでも馬車やら護衛やら手早く用意してくれたのだ。かといってあまり丁寧にお礼を言うと、それはそれで聖女様たちは負担に思うだろう。だからお礼はあれくらいでいいと思う。


 ヤニックさんとは昨夜に続き、今夜も食事を一緒にすることにはなっている。昼間はと言うと、午前はいつものようにステラ様のお相手、女学校での授業、午後はネリス先輩のところでお手伝いをすることになっていた。


 運がいいのか悪いのか、ステラ様はよく寝ていた。そうとなると自分自身の勉強をしながらまほちゃんの勉強を手伝う。みほちゃんあかねちゃんは気が向いたら勉強、そうでなければ遊びという状況で手がかからない。だからと言って聖女様に渡された解析力学の勉強に集中し切るわけにもいかないので、ときどきは計算の手を休める。すると自然、ヤニックさんのことを思い出す。

 女学校の授業も今日は説明よりも生徒の問題演習の時間が長く、活けないと思いながらもやっぱりヤニックさんを思い出してしまう。

 そんなこんなで午前はとても長く感じた。


 午後の仕事の中身は、金属板による軸受づくりだ。正確に言うと、軸受をうまく量産する方法の研究だ。

 以前は、軸受となる金属板を一定の厚みになるようにすることに腐心していた。きれいに一定の厚みの板ができれば、軸に巻き付けても一定の厚みのままになると思っていた。しかしそれはうまく行かなかった。まず一定の厚みにするのが難しいし、そうなったとしても軸に巻き付けた段階で凸凹ができてしまう。それからヤスリで凹凸をならす手もあるのだが、現場で重たい機材に組み付けてから調整というのは避けたい。さんざんみんなで話し合った結果、観測機材の軸部分を正確にコピーした型を石で作り、それにあわせて作ることになった。石の型はすでに離宮の工房に頼んで作ってもらってある。

 色々と作業をしているとき、聖女様が作業を覗きに来てつぶやいた。

「耐久性って、どうなってる?」

 マルス先輩は、

「あ、テストしてません」

と返事した。聖女様は、

「そう」

とだけ言ったのだが、聖女様が去った後ちょっと騒ぎになった。

「耐久性の試験、どうしましょうか」

 マルス先輩の問に私は、

「機材と同じ荷重をかけて、何回も動かしてみますか」

と答えたのだが、

「それ、誰がやりますか? 私でいいですか」

 手伝いの学生アンジェリカが聞いて、一同頭を抱えた。


 この世界、人力以外の動力は風力、水力、そうでなければ馬などを用いるしかない。アンジェリカは当然人力を考え、それならば自分がと考えたのだろう。しかし異世界人である私達はそうは考えなかったのだ。単調な作業を延々と長時間を彼女にやらせるのはよくない。そういうわけでネリス先輩・マルス先輩・私、さらにはその場にいたフローラ先輩・ケネス先輩で喧々諤々の議論になってしまったのだ。


意見1「人力でやる。学生を含め交代でやって一人ひとりの負担を軽減する」

意見2「水力でやる。春になるのを待って川に水車小屋を建設し、そこで実験する」

意見3「風力を用いる。やっぱり春になるのを待って風車小屋を聖騎士団内に建設する」

意見4「馬か牛を用いる。騎士団の馬を使いたいが、騎士団の反対が強ければ農耕用の牛馬を借りる。夏場はともかく、冬場は農耕用の牛馬は暇だろう」


 それぞれのアイデアに長短がある。また、どれかを採用しても具体化にはそれなりに困難がある。たとえばすぐにでも動力として採用できそうな牛馬であるが、そのためには新しい厩舎を建設しなければならない。馬または牛を円を描くように歩かせることになるわけだが、回転軸を中心とした歩くコースも作らなければならないし、そこから取り出した動力をどのように実験室まで伝達し、いかに実験するかも問題である。


 あれやこれやと議論していると、聖女様が再び顔を出した。

「玲子ちゃん、そろそろあがってよ。食事に行くんでしょ」

「あ、はい」

「そう言えばネリス、軸受の熱処理ってどうなってる?」

「熱処理?」

「うん、焼入れ?」

「あ、まだ考えとらん」


 帰り支度を始めた私も、聖女様の言葉に手が止まってしまった。たとえば鉄は、加工後に赤くなるまで熱して水などで急速に冷やすと硬い鋼になる。もちろん軸受としては硬いほうがいいだろう。

 金属の専門家のネリス先輩はそのことをすっかり忘れていたらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

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