第44話 聖女様の仲間
冬が来た。連日雪である。天文観測はほとんどできず、データ処理には余裕ができた。工作系の作業はじわじわと進んでいる。ただケネス先輩・フローラ先輩の化学系の仕事は室内で行うとガスが怖いのでストップしている。逆にネリス先輩・マルス先輩の方は熱をかけての作業が多く、冬のほうが体が楽らしい。定盤とか天文観測機器の石素材の部品は、街の石工ギルドに依頼した。自分たちでやるとその分全体の仕事が遅れるからである。石工ギルドからは定期的に聖女庁に連絡がきているし、聖女様がちょくちょくギルドに顔を出している。
「定盤の試作品みたいな重い物、いちいち持って来てもらうわけには行かないでしょ」
聖女様はそう言う。ネリス先輩は、
「聖女様は外に出て羽を伸ばしたいのじゃろ」
と言う。ヘレン先輩は、
「ネリスは聖女様に甘い。羽を伸ばしたいと言うよりサボりたいだけだよ。ね、フローラ」
などと言っている。ただ、これは陰口ではない。聖女様本人の眼の前でこの会話がなされる。
私は石工ギルド長の工房の前で聖女様を待っていた。エリザベートさんが同行している。幸い雪がやんでいて陽が出ていてあたたかい。
「さすがは聖女様、ちょっとした外出でもいい天気ですね。神に祝福されています」
「はあ」
エリザベートさんも強烈な聖女教信者と見える。ちょっと聞いてみた。
「聖女様って、ときどきお仲間からいじられていますよね」
「うむ、慣れないものが見ると不敬に見えるでしょうね。でも付き合いの長い私からすると、聖女様はえらそうにするのが嫌なのですよ。命令したりとか。それがわかっているから、お仲間たちはああしているんですよ」
あのじゃれあいが信者にも認められているのなら問題ない。
馬車がやってきた。いつものように真っ白な馬車だから聖女様に違いない。エリザベートさんが背筋を伸ばす。私もつられて姿勢を正す。
「またせてごめんなさいね。寒かったかしら」
素晴らしい笑顔とともに聖女様が降りてきた。つづけてヘレン先輩が降りてきて、私に小さく手を振った。
工房ではギルド長のオラフさんが待ち構えていた。
「わざわざお越しいただきありがとうございます、聖女様」
「いえいえ、お忙しいところ失礼いたします」
「それでですね、今日は作業の状況というか、遅れというか、それをご説明したいと……」
「はい、おねがいします」
聖女様はほんのちょっとだが、眉毛を動かした。立場的に不満を表すわけにいかず、なんとか抑え込んでいる。
「では作業場へ」
作業場では職人さんたちがそれぞれの仕事を真剣にやっているのが見える。ただぱっと見た感じ発注した定盤をつくっているような作業はなく、みな細長い材を扱っている。その印象は聖女様も同じだったようで、
「なにか新しい注文がありましたか、お忙しいようですね」
と言った。
実は今回の契約では、定盤の作業を最優先でおこなうことを強制していない。この工房では宮廷とか教会からの発注もこなしている。修繕用の部材が多い。たとえば宮廷教会前の広場に敷き詰められているタイルだ。どうしても定期的に破損が出る。だから緊急性の高い注文に対してはそれを優先して良いことになっていた。
しかしオラフさんの答えは違った。
「とんでもないです聖女様。現在聖女様の注文に専念しております」
「そうですか……」
「ええ、はじめは石材を削っていって面を出せばよいと思っていたのです。ひとつだけ作るのであればそれでもいいでしょう。ただ聖女様、いずれ量産をお考えですよね」
「はい……」
「ですからまず、精密に測定できるよう、厳密に水平な作業台、厳密に直線な定規の作成が必要であることがわかりました」
「なるほどそれで……」
「そうなんです。今、まず定規と作業用のレールを作っています。完全に直線でできているレール2本を水平かつ平行に設置し、そこに完全な定規を滑らせていけば、平坦な面がだせるわけです」
「素晴らしい……」
「ですから納期のほうが、大幅に伸びまして……申し訳ないのですが……」
「それはかまいません、良いものができればそれでよいのです」
私は口を出すことにした。
「聖女様、口を挟むようで申し訳ないのですが、契約を見直したほうが良くないでしょうか」
オラフさんは焦ったようだ。
「レイコさんでしたか、私どもは現状の契約のままでおねがいしたいです。ただ納期遅れで費用を下げるとなると、ちょっと厳しいです」
「いえ、ちがいます。おそらく現状の契約は最初の納期で計算されていますよね。おくれるとなると工房が赤字になりかねません」
「ですがこれは私どもの判断で行ったものですから」
私は聖女様に話しすることにした。
「オラフさんの仰るとおり工房側の都合での納期遅れですから、普通だったら、契約通りの支払い、または納期遅れによる値下げでいいでしょう。ただ、オラフさんのされていることは、結果として将来の量産に役立つ技術を開発されていると言えます」
「そうですね、私もそう思います」
聖女様も同意見のようだ。そして私としては、聖女様は必要なお金は払うだろうという確信があった。物理につながる話で聖女様がお金をケチるわけがない。
「そうであれば聖女様、技術支援という名目でもいいですから、必要なお金は出すべきではないですか」
聖女様はうなずいたが、オラフさんはまだ納得しなかった。
「しかしギルド長たる私が勝手にやったことで納期が遅れ、さらに値上げまでやったとなると、ギルド全体の信頼も失いかねないのです」
私は少し話す方向を変える。
「オラフさん、定盤をつくる技術を完成させたとして、それをオラフさんの工房で独占するおつもりですか」
「いえ、私はギルド長ですから私の技術はギルド全体の技術です」
「その技術開発を聖女様が支援なさるのは、ギルドにとって不名誉なことでしょうか」
オラフさんはだまってしまった。工房の人たちは作業の手を止め、私達の話を聞いている。
少しして聖女様は決断したように話し始めた。
「オラフギルド長、やはり契約を見直しましょう。私としては工房やギルドに損をさせてまで、自分の要求を通したいとは思いません」
「はあ」
私は勝手ながら、聖女様の発言を補足することにした。
「オラフさん、聖女様は星の観測をする技術の基盤をつくるために今回の発注をしたのはご存知ですよね」
「はい、存じております」
「聖女様はですね、天文観測に関わった人はみな、仲間だとお思いなのです。石工ギルドはすでに、聖女様のお仲間なのです。お仲間に損をさせることに、聖女様は耐えられないのです」
私はヘレン先輩に聞いて知っていた。以前星図を出版したとき、観測を直接行った人だけでなく、工房の人全員の名を奥付に載せた。本当は離宮のスタッフ全員の名前を載せたかったそうである。たとえばお腹が減れば観測もデータ処理もできない。だから料理人も聖女様のスタッフであり仲間なのだ。石工ギルドの人達は、新しいお仲間になったのだ。
石工ギルドから帰るとき、聖女様は私に、
「レイコちゃん、私の気持ちを言ってくれてありがとう」
と言った。




