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第40話 赤い光

 夕食は大食堂で食べた。聖女様は離宮のスタッフたちと一緒に食べるのを好む。

「私はね、女学校の寮と騎士団で育ったから少人数で食べるのに慣れていないのよ」

と言う。

「同じ釜の飯っていう言葉があるでしょ。騎士団は戦闘集団だから、特にそれを大事にしてると思うんだよね。すっかりそれに慣れちゃった」

「なるほど」

 聖女様はニヤッと笑って、

「レイコちゃんはごく少人数で食べたいかもしれないけどね」

と言った。その人は遠く離れた工房の人たちのテーブルにいる。私は対抗上、

「本当は聖女様も、ステファン殿下と二人っきりでお食事なさりたいのではないですか?」

と逆襲しておいた。

 めずらしく言葉に詰まった聖女様に殿下は、

「今回はアンの負けだな」

と言った。


 今夜の食事は珍しいことに簡単だった。言われなくても理由はわかる。天文観測の時間を長く取るためである。ヘレン先輩は、

「料理長のヨアヒムさんが気の毒だった」

と言っていた。料理好きのヘレン先輩は厨房に出入り自由になっている。とはいうものの夕食のサンドイッチは美味しかった。挟まれた肉のソースがとても美味しかった。美味しく感じたのは私だけではなかったようで、聖女様は夜食に同じサンドイッチを頼んでいた。ヨアヒムさんも喜ぶだろう。


 屋上に出る。聖女様たち、実習の学生たちも一緒である。まほちゃん、みほちゃん、あかねちゃんもである。みんな防寒着を着ていて、まるっこくなっていてかわいい。中庭の観測台は狭いから、まず屋上に全員で出て、星の名前を確認するのだ。

 星の位置や名前は王都だろうと離宮とだろうと同じだからこの作業は必要ないかというと、そうではない。聖騎士団は王都の郊外だから比較的夜空は暗いが、それでもノルトラント最大の人口を誇る王都の光の影響を受ける。真夜中でも街の明かりを反射して雲は白く見える。ところがまったく人間の光の影響が無いこちらでは、文字通り闇夜となり雲は星が見えないことで存在がわかる。さらにあまりにたくさんの星が見えるので、慣れないと星の配置がわからない。実際屋上に出た時、実習生の何人かは「どれがどの星だかわからない」と言っていた。


 本当に真っ暗にしてしまうと危険なので、屋上のすみには小さなランタンが置かれていた。ゆらゆら揺れる光の中にヤニックさんを見つけた。手を振る。すると聖女様の声が、

「ヤニックさん、もう私の絵は書き飽きたでしょうから、子供達とか、玲子ちゃんとかの絵を描いてね、うん、お願い」

とわざとらしく言うのが聞こえた。そして同じ声は、

「フローラ、秘密兵器、お願い」

とも言った。


 フローラ先輩が持ってきたのは赤い光を放つランタンだった。


 人間の眼は光の量を瞳孔の開き具合で調節している。明るいときは瞳孔を小さくし光の量を減らし、暗いときはその反対である。星の観測などとても暗いものを見るときは瞳孔がめいっぱい開く。ただ単に星を眺めているのならばいいのだが、観測機器から数値を読み取ったり記録を取ったりする際はどうしても明かりが必要だ。せっかく暗さになれた眼も明かりの光で瞳孔が狭くなってしまうと、再び大きく開くのにかなりの時間がかかってしまう。

 これが弱めの赤い光ならば眼への刺激も少なく、観測への影響は少ない。

「赤いガラスをつくるのが大変だったのよ」

「そうなんですか」

「ガラス自体を赤くしようとすると金属を混ぜる必要があってね。金とか」

「それはコストが」

「そうなのよ、この国で金は本位貨幣だから、ちょっと使いにくいのよね」

「なるほど」

 フローラ先輩の言う本位貨幣とは、この国のお金の価値は金そのものによって裏付けされていることだ。昔の日本もそうだった。

「しょうがないから、ガラスの表面を赤く塗ることで解決したわ。耐久性に難があるけどね」

 熱の問題だろう。

「大事にしないとですね」

「そう、大事にしてね」


 見上げると、見事な星空だった。


 季節は秋である。地球であればはくちょう座が西に傾き、ペガスス座やアンドロメダ座が見やすい位置に来る。私の育った小樽は冬場は雪の日が多く、星を見るには秋のうちに見ておいたほうが楽だった。

 どう探しても見慣れた星座は見当たらない。やはり異世界に着たのだと、今更ながら実感した。


 聖女様たちは手分けして実習生たちに星の名を教えていた。


「玲子ちゃん」

 ヘレン先輩が呼びかけてきた。

「実習生たちはもう少し時間かかるから、まほちゃんたちと天文台に先に行ってて。観測始まっているはずだから」


 夜空のところどころに染みのような白いものが見える。系外銀河なのか、散光星雲なのか、それとも散開星団なのかわからない。望遠鏡の必要性を感じながら、階段を慎重に子どもたちと降りる。

 振り返るとヤニックさんも居て、私は安心した。

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