第36話 おしゃれな先輩たち
「玲子ちゃん、次の次の週末、実習の手伝いしてくれないかな」
聖女庁で天文観測データの整理をしているとき、聖女様が私に話しかけてきた。
「特に予定は無いですが、なんの実習ですか?」
「うん、天文観測の実習をね、離宮でね」
心臓がドキンとした。
「予定になかったですよね」
「うん、そうなんだけどね、1年生にあのきれいな星空を見せてあげたくてね」
「なるほど、ちょうど新月だからいいでしょうね」
「そ、そうなのよ」
聖女様は月齢までは考えていなかったらしい。
「それにしても急なお話ですね」
「うん、急に思いついちゃってね、あそこの機材は工房のおかげで常にいいコンディションでしょ。その良い機材で、あのきれいな星空で観測させてあげたいのよ」
「そうですね、それはいいですね」
「そうなのよ。まあいつものようにフローラには怒られたけどね」
「はあ、大変でしたね」
「じゃ、よろしくね」
実習を1週間後に控えた週末、私はヘレン先輩に呼び出された。
「玲子ちゃん、買い物行こう。離宮は寒いよ」
「あの、防寒具は騎士団からお借りしようと思っていたのですけど」
「それはそうだけど、防寒具の下も大事だから」
「ありあわせのものでいいんじゃないですか」
するとヘレン先輩は強い口調になった。
「ダメ! ちゃんとかわいくしなきゃダメ! フローラも行くから、ちゃんとするよ!」
この辺で私は今回の実習の本当の目的がわかってしまった。
多分先輩たちは私を離宮に連れて行く口実として今回の実習を企画したものと思われる。ヤニックさんの絵についてきたフランツさんのメモ書きが見当たらないから、あかねちゃんあたりが聖女様に伝えたのだと思う。
公私混同が甚だしいが、抗議したところでなんとか丸め込まれるのが見えているので私はとくに抗議はしないことにした。むしろヤニックさんに会える機会ができたことを素直に喜ぼうと思う。
買い物に行く週末の朝、あかねちゃんをはじめ同室の子どもたちはなんだか機嫌が良かった。いつもの週末なら、私はみんなといっしょにステラ姫とのんびりした時間を過ごす。
「今日は一緒にいられなくてごめんね」
そう言う私にみほちゃんは、
「ううん、私達は大丈夫。離宮は寒いから、しっかり準備してきてね」
などと殊勝なことを言う。さらにみほちゃんは、
「おみやげだけ、おねがいね」
と笑った。
王宮の従業員出入り門でフローラ先輩とヘレン先輩を待つ。休日だから住み込みで王宮で働いている人たちが次々と外出していく。当番の衛兵が通行証をいちいち確認するため、少し列ができている。王宮務めの人には貴族の子女も多いので、出迎えにきれいな馬車が来ることもある。その馬車のなかに妙にうすぎたない馬車が一台混じっており、降りてきた人はヘレン先輩だった。
「玲子ちゃん、乗って!」
と言われ乗り込むと、中にはなんと聖女様、フローラ先輩、ネリス先輩もいた。
「玲子ちゃんおはよ。今日はみんなで買い物行こう!」
聖女様がなんかテンション高い。
「はい、お願いします」
とだけ返事する。
馬車が走り出す。
なんで聖女様もいるのかとか、なんでこんな汚い馬車なのかとかいろいろと疑問はあるが、口に出さないだけの分別はあった。おそらく聖女様が同行することになり、お忍びだからときれいな馬車を避けたのだろうと想像はできた。
馬車に乗ったのが意味がない位にすぐ、目的地についた。服を扱う店が立ち並び、店に入っていく人たちの様子から高級店だらけであることがわかった。飛び降りたい勢いの聖女様を抑え、ネリス先輩が先に降りた。すばやくあたりに目を配っている。警備のためだろう。つづいて聖女様も馬車を降り、すばやくあたりに目を配っている。そして聖女様の視線がロックオンされた先には、サンドイッチを扱う店があった。
「聖女様があんなだからさ、悪いけど玲子ちゃんの服選びに聖女様もつきあわせてよ」
耳元にヘレン先輩の声が聞こえる。
「あの子はさ、服とかあっちでも全く興味ないんだよね。何回私らが買い物につきあったことか」
「はあ」
「玲子ちゃんも、あんまり着飾ってなかったよね」
「はい」
別におしゃれに興味がなかったわけではない。高校まではけっこうおしゃれにエネルギーを使っていたと思う。平日は制服に縛られるから土日に街に出るときはそれなりにおしゃれした。大学に入ってからは女子が少なくなり、私は目立たないようにしてきた。学年があがると聖女様・のぞみ先輩・真美先輩が活躍して(暴れまわって)いるのを見て、勉強の時間が増えた。それによりあまり服とか気にしなくなった。
まず聖女様。あまり服装に気を使っていないのはわかるのだが、なんとなくツジツマがあっている。ダサいと思ったことなど一度もない。不思議だ。唐沢先輩とおそろいの黒の作業服はかっこよかった。理論の聖女様が作業服を喜んで着ているのをみると、私も幸せな気分になった。
のぞみ先輩はと言うと、あの忙しい研究生活の中でもいつもファッションに光るものがあった。ラフに見える服装も、あれは狙っているにちがいない。実験に便利だとカーゴパンツを履いていることが多かったが、少なくとも朝は汚れなどついているのを見たことがない。
真美先輩は暑いときはタンクトップにショートパンツで大学に来ちゃったりしていたが、先輩の元気が素肌から弾けるようだ。カサドン先輩はあれにやられたのかもしれない。さらにたまにスッキリとしたワンピースで現れたりするから油断がならなかった。
こうした先輩たちを見て私も私らしいおしゃれをと思ってはいたのだけど、4年になってからはそれどころではなかった。




