第30話 お似合い
王宮での生活に慣れるに連れ、私の日々は多忙を極めるようになった。
朝食後、子どもたちと一緒にステラ姫の部屋に行く。そこで私はまほちゃんたちに算術を教える。ステラ姫はつかまり立ちをしながらいろいろとウロウロする。そちらの相手も手伝う。ある程度日が昇ったらステラ姫の相手は子どもたちに任せて私は女学校に出勤する。いつの間にか算術の授業を任されていた。
午後は日によって違う。
例の週一のゼミもあるし、女子大にも週2回は行く。算術を教え、乗馬を習い、護身術も教わるが、最も大切なのはネリス先輩、フローラ先輩の手伝いをすることだ。
ネリス先輩はマルス先輩と一緒に銅線をつくることに従事している。ネリス先輩はむこうの世界では鉄鋼系のメーカーに就職していたので金属材料に強い。錬金術師から入手した銅を溶かしたり機械をつかって伸ばしたりして、できるだけ細く、しかも一定の太さになるようにいろいろと苦労している。銅を伸ばす機械からして手作りだし、太さを測るゲージも自作だ。機械を使ってと言ったが、動力は人力だ。
「人力だとどうしても一定の力を加えるのが難しく、圧延しても太さが一定にならないんだよね」
マルス先輩がぼやく。私は意見を言った。
「その入力するてこの部分にトルクレンチみたいな仕組みを入れられないですかね?」
「あ」
しまったと言う顔をして「あ」と言ったのはネリス先輩である。
トルクレンチというのは、ネジを締める力を測定・管理する道具だ。ネジは締める力が足りなければ簡単に緩んでしまうし、強すぎればネジが伸びて破壊されてしまう。機械を組み立てるのにネジを複数使う場合、1本1本のネジを締める力がバラついていると取り付けた部品が歪んでしまう。
「一番簡単な構造なら、てこの棒を金属にして、そのしなりを利用するんじゃな」
ネリス先輩が言う。
「その単純な話を思いつかんとは、ワシもすっかり焼きが回ったな」
「まあまあ先輩、そんなこともありますよ」
「うむ、マルスはやさしいのう」
なんか二人の世界に入ってしまった。
フローラ先輩は、ケネス先輩と電池づくりである。いろいろな液体、いろいろな金属の組み合わせで電圧が出るか試している。問題は電圧計も電流計もないことだ。ネリス先輩たちが作ったとりあえずの導線を用いて、ショートさせて火花が散るかとか、動線の近くに方位磁針を置いたりとかして電流が流れるか調べている。
「ほとんど闇雲にやってる状態なんだよね」
フローラ先輩が言う。
「なんで屋根しか無いところで実験しているんですか?」
この国の冬は寒いと聞いている。この環境では冬場の実験はできないだろう。
「ああ、どんなガスが発生するかわからないからね」
聞けば水溶液にしろ金属にしろ、それがなにであるか正体がわからず、多分塩酸だろうとかそのレベルでやっているとのことだ。しかも純度も不明である。それならば塩素ガスとかが突然発生しても不思議ではない。
「僕の知識を総動員しているんだけどね」
ケネス先輩はちょっと疲れ気味だ。
「まあ私達の中で、ケネスが唯一の化学出身者だからね」
そう言ってフローラ先輩はケネス先輩のことを気遣い、こちらも二人の世界に入りそうになっている。
ヘレン先輩のもともとの専門は金属間化合物の単結晶の作成だが、現状のこの世界ではほぼできない。だから天文観測の結果の解析、全国の教会からやってくる気象観測データの主計などをやっている。そうなると理論出身のフィリップ先輩が活躍するわけだ。聖女庁のけっこう大きな一室を占拠し、つぎつぎとやってくるデータを整理・処理している。私も週に2日は手伝いに行く。女子大の2年生が実習を兼ねて手伝いに来ているが、みたところあまり戦力になっていない。数学力がまだ足りていないのだ。私は躓いているところでアドバイスをして回る。
ときどき聖騎士団の騎士とか聖女庁の職員とかが新着のデータをもってやってくる。いずれも女性である。ヘレン先輩はこの作業を仕切っているのでとにかく忙しそうにしている。運が悪いとデータを持ってきた人はヘレン先輩に渡すことができず、気を利かせたフィリップ先輩が、
「僕が受けとっておくよ」
とか、
「そこに置いといて」
とか言って処理してしまう。横から見ているとそうされた人は素晴らしい笑顔でフィリップ先輩にお礼を言って帰っていく。そしてしばらくして手が空いたヘレン先輩が、
「きれいな子だったね」
とか
「デレデレしないでよ」
とか言うか、黙ってつねったり蹴ったりしてる。単なるヤキモチである。
しかし私は思うのだ。フィリップ先輩にお礼を言ったあと、その人達はちょっとがっかりした顔をして帰っていくのだ。そうした人たちは共通して美しく女性らしい顔立ちであり、少しおとなしそうな雰囲気だ。あの人達はフィリップ先輩に会いに来たのではなく、ヘレン先輩のファンな気がする。
あとで聖女様にそのことを言ってみたら、
「面白いからほっとく」
と言われた。ステファン先輩も、
「あいつも少しはヘレンの気持ちがわかったほうがいい」
と冷たい。
なんか8人の先輩たちは、それぞれお似合いのカップルであることは間違いないらしい。
私はといえばある人を想ってしまうのだが、ちょっと遠いところで仕事している。秋になってから一度もお会いしていない。




