第28話 王宮生活の始まり
王宮で与えられた私達の部屋は騎士団で泊まった部屋よりもさらに華麗に装飾されていたが狭かった。寝室と応接室は一応分けられているのだが、どちらもぎゅうぎゅうで狭い。これではみほちゃんあかねちゃんが追いかけっこするのは難しい。
「みんなごめんね、どうしても王宮は人が多くて、一つ一つの部屋が狭いのよ」
案内してくれた聖女様が謝ってくれた。
「でね、遊び場所が欲しいだろうと思うんだけど、ステラの部屋で遊んでね。ヘルガ」
「はい」
「誰かが遊びたくなったときは、いつでもステラの部屋に連れてきてもらっていいからね。陛下もそれをご希望なの」
「承知いたしました、聖女様」
大してないが荷物を解き、家具内にしまっていく。聖女様が手伝ってくれる。ヘルガさんもそういうことに慣れているのか何も言わず、お茶を淹れてくれている。荷解きが終わって一休みするため応接セットのソファにみんなで座る。あかねちゃんがきょろきょろしている。
「あかねちゃん、どうしたの?」
聞いてみたら、返事はこうだった。
「れいこちゃん、なんだか壁がさみしいね」
そう言われてみると絵が一枚もない。それに対して聖女様は、
「あ、絵はね、離宮からもうすぐ来るの。それまではさみしいけど、窓からの景色を楽しんでよ」
心臓の鼓動が早くなった。離宮の絵描きさんと言えばヤニックさんである。さすがに昨日書いた手紙はまだ彼に届いていないだろう。どんな絵を彼が送ってくるのか、とても気になった。
子どもたちと一緒に窓から外を見てみる。そこからは王宮のあまり広くない中庭が見える。花壇にはいっぱいに花が咲いている。
「あとで見に行こうよ」
みほちゃんが誘ってくれた。
「そうだね」
そう賛成したが、この花たちは王宮の人々を慰めるべく閉じ込められたような気がして、すこしさみしく見えた。
昼食はミハエル王子ご夫妻と一緒にとった。聖女様は仕事で別行動だ。それだけで不安になってしまうが、子どもたちはもっとそうだろう。せめて私だけはと顔に微笑みを貼り付ける。
「レイコ、マホ、ミホ、アカネ、来てくれてありがとう。食事はぜひ、ステラといっしょに摂ってもらえると嬉しいのだが」
ミハエル殿下はにこやかに迎えてくれた。
「そのようにおっしゃっていただけると、子どもたちも嬉しいでしょう」
そのように返事して振り返ると、3人はステラ様に会えるのが嬉しいのか目をキラキラさせている。
王子ご夫妻の食堂に導かれると、そこにはステラ様を横に座らせたヴェローニカ様がいた。彼女はわざわざ立って私達のところに来てくれた。
「みなにはいろいろと動いてもらって申し訳ないな。だが当分はここでの生活になる。しばらくしたら王宮での生活にも慣れるよ。あ、そうだ、慣れるまではかくれんぼはやめとけよ」
ヴェローニカ様はニヤッとしながらそう言った。かくれんぼの件は冗談だか本気だかよくわからない。子どもたちはと見ると、ニコニコとしているから慣れたらかくれんぼをはじめるだろう。
昼食は案外と普通だった。正直最初はがっかりしたが、途中で気づいた。これはもう、王室の内側の人間として扱われているということだ。現に王子殿下の前のお皿にも全く同じものが乗っている。それにしても、ヴェローニカ様が乳母のマルガレーテさんとともになにかと姫の面倒を見ているのが微笑ましかった。話しかけたり、こぼしたものを拭いたりとかしている。そうしたことをしながらヴェローニカ様は言った。
「今日は君たちが来たからかな、落ち着きがない」
確かにステラ姫の視線は私達の方を行ったり来たりしている。
食後のお茶になったとき、ミハエル殿下が話し始めた。
「君たち、来てくれて本当にありがとう。それで君たちの仕事なんだが、要するにステラの近くで生活してくれればいい。できるかぎり今までと同じ生活を送ってほしい。不便があればヘルガに言ってくれ」
ヘルガさんはもう私達専属みたいになっていて、王宮にも付いてきてくれていた。
さらにヴェローニカ様も発言された。
「レイコ殿、あなたにはさらに聖女様のお仕事を手伝ってもらうことになるだろう。子どもたちが今の生活に慣れてきたらでいいから」
「はい、殿下」
午後はステラ姫の近くで子どもたちと遊んだ。ステラ姫はふらふらとしながらなにかにつかまって立とうとする。ここで面白いのがご両親の反応だ。
ミハエル殿下は、なにかと手を出して守ろうとする。立とうとする努力を邪魔をすることはしないが、倒れそうな方向にあらかじめ手を出しておいて怪我をしないようにしている。
対してヴェローニカ様は、腕を組んで見ている。もちろん倒れたら頭を強打しそうな場所ではカバーするが、そうでなければ倒れても放っておいている。
転んで泣いたときもそうだ。ミハエル殿下は、
「ああ、ああ、痛くない痛くない。危なかったね。次はお父さんが守るから」
と慰めるのだが、ヴェローニカ様は違う。
「ステラ、偉いぞ。危険にも立ち向かうとはさすが我が子だ」
と、聞きようによっては危ないこともどんどんやれとけしかけているように思える。
殿下が、
「ステラが怪我をしたらどうするんだ」
と言っても、
「殿下、あの程度で怪我をするようではノルトラントの姫としての仕事はできません。ほら、もうステラは笑っているではないですか」
と取り合わない。
私はつい聞いてしまった。
「ヴェローニカ様、ずいぶんと落ち着いていらっしゃいますが、子育てのご経験でもおありなのですか」
「いや、ない。だが乳母のマルガレーテはじめ経験者が何人もいるから大丈夫だ」
「はあ、なるほど。ですがステラ様が危なっかしいとか、気にならないんですか」
「ああ、気にならないわけではない。だがな」
ヴェローニカ様が急に声を小さくした。
「アンに比べれば大したことはない。8歳の冬に、あの4人だけで死にかけとはいえドラゴン近づいたんだぞ。少し離れたところで見ていたが、あれより怖い経験はまだ無いな」
「なにか私達の悪口ですか?」
やってきたのは聖女様だった。
「殿下、玲子ちゃんにちょっとお話があるんですが」
「どうぞ」
「玲子ちゃん、私、いいこと思いついた」
「はい」
「玲子ちゃんも、物理、勉強したいでしょ」
「そうですね」
「だからさ、週1でさ、王宮でゼミしよ」
あかねちゃんが聞いてきた。
「ゼミってなに?」
「うん、勉強会」
「お勉強するの?」
「そうよ、それも私の仕事なんだ」
視界の端にヴェローニカ様の呆れたような笑顔が見えた。




