第2話 尋問
シチューのようないいにおいで目が覚めた。コトッコトッとテーブルにものを並べる音がする。
「食事だ。食べられるようなら、食べろ」
私は簡易ベッドから起き、子どもたちにも声を掛ける。幸い三人とも起きてくれた。寝る前は体が芯から冷えていたが、もう大丈夫だ。三人の子どもたちの手も、ふつうに温かい。
テーブルに置かれた食事は質素だった。身の少ないシチューがあるだけである。
「少しずつ食べないと体に毒だ。まずはこれだけでがまんしろ」
まだ甲冑をきている女性が説明してくれる。言葉つきは厳しいのだが、簡易ベッドといい、この食事といい、私達の身を案じてくれているのがわかる。はじめに着替えさせられたときかなり乱暴に扱われたが、それも一刻も早く濡れた服を脱がせ、体をあたためるためだったのだと気づく。
「みんな、ゆっくりたべたほうがいいんだって。食べよ。いただきます」
「「「いただきます」」」
まほちゃんみほちゃんは全部食べてしまったが、あかねちゃんは半分ほどでスプーンを置いた。まだ調子がもどっていないのだろう。気になったので声をかける。
「あかねちゃん、横になる?」
「だめだ」
いきなりひとりの甲冑の女性に遮られた。
「寝てしまっているときにもどすと、息が詰まる危険がある」
その人はあかねちゃんをベッドに連れていき、
「私によりかかれ」
と言った。
あかねちゃんはうながされるままその人に寄りかかり、目を閉じた。
「甲冑がつめたいだろうが、すぐに用意するから、ちょっとまっていてくれ」
本当にちょっとでサマーベッドのようなものが持ち込まれ、あかねちゃんは上半身を起こした状態で寝かされた。やさしく毛布がかけられる。
「お前たちは楽にしていろ、寝たければ寝ろ。必要なものは可能ならば与える」
サマーベッドがもう一つ持ち込まれ、まほちゃんみほちゃんは二人でそれに乗った。くっついているほうが安心なのだろう。
私は寝る気にはなれず、そのままテーブルについていた。とくに頼んだわけでもないが、先程あかねちゃんを介抱していた女性が私の前にお茶をおいた。
「ありがとうございます」
「休まなくて良いのか」
「すっかり目が覚めてしまいました」
「では話をきかせてもらおうか」
尋問が始まるのだと理解した。
「今一度、名前を」
「小原玲子といいます」
「ではオハラレイコ、どこから来た」
先ほど日本も札幌も通じなかったが、もう一度言う。
「日本という国の、札幌という街から来ました」
私は尋問する人が小声で、
「この世界にニホンなどという国は無いが」
と言うのを聞き逃さなかった。そして「この世界」という言葉で気付かされた。
今私達をつかまえている人たちはみな、日本人とは思えない顔つきをしている。そのくせ言葉は普通に通じる。武器として銃でなく剣を使うあたり、文明レベルは中世くらいに思える。つまりここはいわゆる「異世界」というところではないのか。
私は宗教にもオカルトにも興味がない。物理学科に入ったくらいだから念力も魔法も超常現象も一切信じていない。だが、私と超常現象にはたったひとつだけど接点があった。それは「聖女効果」である。
私の研究室の緒方のぞみ先輩の親友唐沢杏さんのあだ名は「聖女様」である。私は小樽出身だが大学4年の研究室に入るとき札幌に部屋を借りた。卒研は毎日夕方遅くなるのはわかっていたので、小樽からの通学時間が厳しく感じられたのだ。借りた部屋は3月まで聖女様が使っていた部屋で、家具からなにからそのまま譲り受けた。
そしてその聖女様は、実験が下手と聞いている。下手と言うよりできない。のぞみ先輩の話によると、データはすべてぐちゃぐちゃになってしまうのだそうだ。それをみんなは「聖女効果」と呼んでいた。札幌から茨城県東海村の中性子散乱分光器のコンピュータにログインしただけで、実験データがだめになってしまうそうだ。
「なんのために離宮に侵入した」
「わかりません、気がついたら、あそこにいました」
「どうやってあそこに来た」
「わかりません、とにかく気がついたら、あそこにいました」
「昨日はどこにいた」
「寝るときは札幌にいたんですが」
そのあと尋問は堂々巡りにしかならなかった。
「るーくん、るーくんはどこ?」
あかねちゃんの声がする。
「るーくんとは、誰だ」
私はふと思いついた。
「聖女様のお子さんのルドルフくんじゃないでしょうか」
尋問する女性がギクッとするのがわかった。
「おまえ、聖女様の知り合いだと言っていたな」
「はい、私は聖女様、唐沢杏さんの大学の後輩なんです。小原玲子といえば、わかるはずです」
尋問する女性の顔は更に険しくなった。