第18話 離宮から王都へ
秋が来た。日の出はおそくなり日の入りは早くなった。ここ数日、天文観測の手伝いに出ると、寒さが日に日に強まってきたのが感じられた。
夏の間、私は子どもたちとノルトラントの地理・歴史・神話を学び、おかげで文章は不自由なく読み書きできるようになっていた。礼儀作法もなんとか身につけることができた。聖女様の身の回りの世話をしているネリーさんにチェックしてもらっていたのだが、2日前にやっと合格が出た。天文観測についても普通にできるようになったし、データの処理も手伝い始めていた。
ただ夏が終われば聖女様たちの新婚旅行と言うか休暇はおわる。聖女様たちは王都に戻らなければならない。女子大、聖女としての公務、聖騎士団の任務が待っている。私は聖女様のスタッフの一員として働きたかったし、まほちゃん・みほちゃん・あかねちゃんも王都へ行きたがった。聖女様たちと離れたくないのもあるだろうし、新しい場所へ行きたいというのもあるのだろう。
王都へ行く準備は簡単だった。もともと何ももたずにこの世界に来たのだから、衣服をまとめるだけだからだ。支度には半日もかからなかった。
いよいよ出発となり離宮の玄関で馬車にのりこむとき、あかねちゃんとみほちゃんは大変だった。離宮の人々、とくに工房の人たちが別れを惜しんだ。あかねちゃんもみほちゃんも泣かないようにするのに必死で、ひきつった笑顔をしていた。時間というものがあるので多少強引に馬車に押し込もうとしたら、馬車にはたくさんの荷物が1人分の場所を占領していた。私の馬車は4人乗りで、大人は私1人、あとは子ども3人だから広々と乗れると思っていたのだが、そうはいかなくなった。私達の専属のように身の回りの世話をしていたヘルガさんは王都へ一緒に行ってくれることになっていたのだが、別の馬車、聖女様付きの文官の人たちと一緒である。
たまたま近くにいたフローラ先輩に、
「この荷物、なんですかね?」
と聞いてみたら、
「工房の人たちから。おもちゃかな」
と言われた。
「玲子ちゃんといっしょに、夏中毎日工房行ってたでしょ」
心臓をぎゅっとつかまれた気がした。
昨日まで毎日工房でヤニックさんのモデルをしていたけれど、今日からは無い。今更だけどとても残念な気がした。いつのまにかヤニックさんに絵を書いてもらっていることが普通というより楽しみになっていたことにやっと気づいた。
私は見送りに出ている人々の中に、うしろに隠れるように立っているヤニックさんをみつけた。私はたまらず彼のほうに駆け寄った。
「ヤニックさん、いままでありがとう」
「こちらこそ、いい経験ができました」
「今日からモデルできないのね、ちょっとさみしいです」
「私もです、冬の間に、デッサンからもう何枚か書いておきます。そうすればレイコさんに会えますから」
「え、ずるい、私は、ヤニックさんに会えないのに。あ、そうだ、手紙書いてもいいですか」
「は、はい、ありがとうございます」
私はおもわずヤニックさんの手をとっていた。
はじめて握るヤニックさんの手は、男の人らしく力強かった。
「玲子ちゃ~ん、行くよ~」
まほちゃんが呼んでいる。
「は~い!」
名残惜しいが、しかたがない。
「ヤニックさん、また来るから」
「はい、待ってます」
馬車にのるとすぐに森に入り、離宮が見えなくなった。車窓に流れる景色はけっこう茶色い。ヴァイスヴァルトは冬には真っ白になるそうだが、今は夏の緑から秋の茶色へと色がかわりつつある。この色の変化を、私はとても悲しくさみしく眺めていた。
昨日の夕食で、今日の出発のことが話題になっていた。私も含め、みんな口をそろえてさみしいと言っていた。それに対して聖女様は、
「でもさ、馬車が動いて元いた場所が見えなくなると、かえって気持ちがさっぱりするよね」
と言っていた。私も昨日はそう思っていたのだけど、今はそれに全く賛同できなかった。
気がつくと馬車の中はとても静かで、みんなが私を見ていた。まほちゃんと目があうと、
「れいこちゃん、またすぐ会えるよ」
と慰められた。となりに座っているあかねちゃんは私の手をにぎり、みほちゃんは自分のぬいぐるみを私の膝のうえにのせた。
なんかみんなに気を使わせてしまった。一番年上の私が一番別れに弱いことが判明し、ちょっと恥ずかしくなった。
「ウォウォオーン!」
久しぶりにルドルフくんの声が聞こえた。多分私達一行の警備をしてくれているのだろう。
森を抜け平原に出た。少し走ったところで馬車が停車した。女性騎士が一人馬を寄せてきて、
「休憩です。外で足を伸ばしてください」
と伝えてきた。
馬車を降りるとヘルガさんがやってきて、
「お疲れでしょう。川辺でお昼を食べます。きっと気持ちいいですよ」
と言った。
私は両手をあかねちゃんとみほちゃんとつなぎ、川辺で人が集まっている方に歩いて行った。空ではルドルフくんがぐるぐる飛び回っている。前を歩くまほちゃんが振り返って、
「るーくんが安全を確かめてるのかな?」
と聞いてきた。
「そうだろうね」
と笑顔で答える。彼の姿はとてもとても頼もしい。小樽で見た子どもの姿からはとても考えられない。
川べりに用意されたテーブルにつくと、ルドルフくんは空から降りてきて、私のうしろに寝そべった。私は振り返って手を伸ばし、ルドルフくんの手というか前足に触れてみた。
「うぉん」
ルドルフくんは小さく鳴いた。彼の向こうに朝までいた茶色い森が遠くに見えた。




