第15話 離宮の生活
離宮での生活はどんどん日が経ち、気がつけばもう2週間も過ぎていた。子どもたち3人は楽しく暮らしているようで、私は安心していた。もちろん夜中にだれかが泣いているのに気づいたのは一度や二度ではない。気がつくたび私はその子のベッドに行って、手をにぎったり抱きしめてあげたりしてもう一度寝るまでつきあった。そして翌日聖女様にそのことを報告する。
「玲子ちゃんにはきついことをお願いしちゃってごめんね」
報告のたび、聖女様たちは申し訳無さそうにする。
「今朝の様子は?」
「なにごともなかったようにしています」
「そうか、強いね」
「そうですね。私もそうありたいです」
「玲子ちゃんはすでに強いわ」
「いえいえ、必死なだけです」
聖女様は言葉をと切らせ、目を赤くした。
「ごめんなさい、私、無神経だったわ」
「そんなことないです、みなさんには良くしてもらってますから」
「あの、ほんと、ごめんなさい」
私はこの話題をひっぱってもなにも産まないのがわかっていたので、強引に話題を変えた。
「あの、聖女様」
「なんでしょう」
「私、魔法についてちゃんと学びたいと最近思ってるんですが」
「そう、魔法、いいわね」
聖女様は何事か考え始めたので、話題を代えることには成功した。しかし聖女様は考え込みはじめ、しばらく返事してくれなかった。
「玲子ちゃん、これはちゃんと考えてから返事するわ」
聖女様はそう言って部屋を出ていった。
数日間そのまま過ぎた。日が短くなってきて、夏が過ぎつつあるのがわかる。夕刻になると上着がないと寒いくらいである。この国ノルトラントは北国だと言われていたし、離宮のあるヴァイスヴァルトはその北国でも避暑地ということになっているから、秋の訪れは早い。
聞くところによると、夏の終わりには聖女様とお仲間のみなさんは王都に戻るという。女子大や女学校の新学年が始まるのが最も大きな理由らしい。
いつの間にか毎日午後、工房へ顔を出す時間を心待ちにするようになっていた。
「れいこちゃん、楽しそうね」
今日も工房へと子どもたちと廊下を歩いていたのだが、まほちゃんがそう話しかけてきた。
「そう見える?」
「うん、なんか工房へ行くとき、れいこちゃん足速いよ」
「あ、ごめん」
「私達も楽しいんだけどね」
「そうよね、工房、楽しいよね」
私は向こうではのぞみ先輩と同じ研究室に所属し、高温超伝導体のサンプル作りに従事していた。院試もおわりそのまま札幌国立大の大学院に進学できることもきまっていたので、サンプルづくりに熱中する毎日だった。離宮の工房は天文観測器具を作っているが、本業は離宮の家具の修復や今私がやってもらっているように絵を描いたりすることだ。いずれにせよ、研究室にせよ工房にせよ、ものづくりの現場としての雰囲気は似ている気がして居心地がいい。それをまほちゃんに言ったら、
「ほんとにそれだけ?」
とニヤっとされた。
「そうだけど」
「ふ~ん」
その時の会話はそれで終わった。
その日の夜、私は初めて天文観測に出た。フローラ先輩、ケネス先輩がその夜の当番で聖騎士団の若手騎士が指導を受ける。私も彼女たちに混じって機器の使い方を教わることになっていた。
夕食をとって中庭に出ると、すでに若手の騎士たちに混じってヤニックさんが来ていた。
「こんばんわ、ヤニックさん」
「こんばんわ、レイコさん」
「ヤニックさんも観測するんですか?」
「いえ、私は観測と言うより、機械が使われている方々から改良点をお聞きするために来たんです」
「そうなんですか、たいへんですね」
「強制はされてないんですが、工房から誰かしら来ていることが多いですね」
「みなさん熱心ですね」
「まあ工房のものは皆、ある意味聖女様の信者ですから」
「それはうなずけます」
「レイコさんは?」
「私は観測のお手伝いがしたくて」
「レイコさんは観測の経験があるのですか?」
「大したことはないですが、コツさえ掴めば……」
私は小学生の頃、ちょっと星に興味があった。家族で行ったキャンプで見た星空がすばらしく、その後しばらくは夜ふかししては星を眺めたものだ。天文雑誌などもよくわからないながらも取り寄せて読んでいた。ただ、中学生になり部活を始めてから星とは遠ざかってしまった。夏場の北海道は夜が短く、部活で疲れた体に夜ふかしは無理だった。冬場は夜が長いのだが、私の居た小樽は日本海から吹き付ける季節風で連日雪が降る。そして大学で専門をえらぶとき、相対論とか核融合を扱う物理を選んだのは、小学生の頃の星へのあこがれが関係なかったとは言えない。宇宙論へ進まなかったのは、聖女様やのぞみ先輩が全身全霊をかけて超電導に挑むのを見たからだ。研究室に入りのぞみ先輩から星見キャンプの話を聞いたときは、ちょっとだけどしまったとは思った。
そういう私だから、離宮で行われている天文観測には参加したかった。今日までは生活になれることと、子どもたちの心のケアを優先していたので参加できなかっただけだ。私が子供の頃星が好きだったことを知っているヘレン先輩が「そろそろ参加したら」と誘ってくれた。
もう星ははっきり見えてきた。騎士たちは機器にとりついて操作を始めた。私はそれを後ろから見る。




