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第12話 利用

 離宮の日々は聖女様と相談した通り、基本午前は勉強、午後は遊びの繰り返しだった。遊びは離宮の近くの散歩だったりもあったが、日によっては騎士の人と走り回ったり剣術の真似事をしたりする。そのように何日か過ごしていたら、まほちゃんがおずおずと話しかけてきた。

「れいこちゃん、私、算数勉強したい」

「うん、わかった。明日からやろう」


 明日から、としたのはこの世界になにか教材が無いかと思ったからである。当分もどれないのだとしたら、この世界の算数に慣れておいたほうがいいだろうと思ったからである。それは私についても言える。考えてみればこの世界の字も勉強しないといけない。というわけでヘレン先輩に相談してみた。聖女様は忙しそうだし、フローラ先輩はこの世界でしか接点がない。別にネリス先輩が話しにくいわけではないが、ヘレン先輩のほうが話しやすいのは確かだ。子どもたちはネリス先輩のほうに懐いている感じはあるが。


「そっか、わかった」

 ヘレン先輩の答えは明快だった。

「この国の初等教育は、基本的に教会学校が担ってるわ。聖女様は教会の子だから、詳しいわよ」

「それはわかってるんですけど、お忙しそうで」

「それもそうね」

「そうすると、失礼ですけど皆さんの中で一番時間があるのはどなたですか?」

「殿下ね」

「そ、そうなんですか」

「そうよ。まあ一人くらい落ち着いて状況を俯瞰して見れる立場の人がいるのはいいことよ、ただ、あんたも教わりたいんでしょ。それは問題ね」

「何故ですか」

「それはまあ、想像してほしいと言うか」

「はあ」


 私は聖女様が冷静さを失うパターンが2つあるということは札幌で聞いていた。一つは面白い物理に出会った時、もう一つは修二先輩が女の子と話しているときである。それを人は嫉妬という。


 コツコツとした足音が聞こえてきた。

「なんの話ししてるの?」

「いや、なんでもない。世間話」

「そんな真剣に世間話するわけ無いでしょ。吐け」

 聖女様はいきなりご機嫌が麗しくなくなった。

「だからなんでもないってば。まだ何にも決めてないし」

「まだってことはなにか決めようとしてたんでしょ」

 私は覚悟を決めた。

「あの、まほちゃんにも言われたんですけど、この世界の文字とか算術とか、勉強したいんです。だれにおそわるのがいいのか、相談してたんです」

 聖女様はちょっと考えて言った。

「ははあ、そういうことか。ステファンに教わろうってのね」

「いえ、それは恐れ多いのでご辞退申し上げたいという」

 私が抗うと、聖女様は不気味な笑顔で答えた。

「だいじょうぶ。ステファンと私の二人で教えるから」


 ヘレン先輩は「どうしようもない」という顔で私を見た。お忙しい人たちに迷惑をかけないよう相談していたら、結局2人がかりでやってもらうことになってしまった。


 翌日午前の勉強から、文字の勉強が加わった。都市の名前、山の名前の発音を教わり、文字の読み方も丁寧に教わった。歴史の勉強にしても偉人たちの名前を書き取らされた。

 午後の遊びの時間の最初に、殿下と聖女様からちょっとだけど算術も教わる。私としては数字と記号さえ教わってしまえばわけはないし、まほちゃんにしてもそうである。

 二日ほど勉強していたら、みほちゃんとあかねちゃんもやりたがった。1桁の足し算からスタートする。足し算・引き算・位取り・掛け算など、ふたりとも優秀でどんどん進む。あまりにはやいので復習問題をやってみても、ちゃんとできている。まほちゃんも分数の通分までできるようになった。私は三人の吸収が早いのでうれしくなり、

「聖女様、三人とも早いですね。やっぱり科学者のお子さんだからですかね?」

と言ってみた。


 かつて茨城県下一番の学力を誇っていたのは水戸の公立高校だった。それがつくばに研究学園都市ができてから、あっというまに土浦にナンバーワンの座を持っていかれたという。つくばで研究していたことがある人に話を聞いたことがあるが、20世紀のつくばでは牛丼すらつくば市内で食べることができず、車で20キロ離れた牛丼屋さんまで行くしか無かったという。しかも車で片道20分でついてしまうという。どれだけ道が空いていて、なんにもなかったかがよくわかる。そこに国立大学が移転してきて、経済産業省系の研究所もつぎつぎと設立されたから、つくばの地に学力の非常に高い層が流入してきたことになる。当然教育意識も茨城県の田園地域のそれとはちがう。血というものはおそろしいものだ。

 目の前の子どもたちはみんな教授の子どもたちだから、学力がとんでもなく高いのはうなずける。それをつい口にしたら、聖女様は言った。

「ううん、ちょっと異常だと思う。いくらなんでも早いわ」

「そうですか」

「でもそれを利用しない手はないわね」

「利用ですか」

「そう、あの子達にもいずれは私達の戦力になってもらう。もちろん、あの子達が楽しんでくれればだけどね」

「はあ」

 私はつい気のない返事をしてしまった。「利用」と言う言葉にひっかかったからである。

「あ~それ、計算仲間にしたいってだけだよ。政治利用とか、まったく考えてないから」

 ステファン殿下のコメントに私はほっとした。そう、聖女様が子どもたちを政治利用などするはずがなかった。

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