第11話 時間割
ヘレン先輩に連れられて離宮を囲む森に入る。入口で振り返ると、真っ白な離宮が午前の陽光に輝いている。
森の道は意外に細かった。そして石が出たり木の根が出ていたりしていてかなり歩きづらい。
「ここって、ネリス先輩が走ってる道ですよね」
「そうよ」
私の質問にヘレン先輩はさらっと答える。
「よくこんなとこ、走れますね」
「そう?」
これまたさらっと先輩は答えるのを見て、聞く相手を間違えたことを悟った。
ぶっちゃけた話、ヘレン先輩とネリス先輩は二人共ショートカット、ボーイッシュな雰囲気でキャラが被り気味である。それは札幌でも同様で、失礼な男どもは仁王様などと呼んでいた。まあ、慈愛に満ちたお釈迦様だか菩薩様の両隣に仁王様が睨みを効かせている構図は、物理科に来たときから何回か見た。今はそれにフローラさんが一緒であるから四人あわせて四天王であろうか。
歴史の教科書で見た四天王像を思い出して、私は思わず笑ってしまった。
「ん、玲子ちゃん、どした?」
私の笑いに気づいた先輩に真実はとてもではないが言えず、
「あ、森の中も気持ちいいですね」
とごまかした。
「あ、鳥だ!」
みほちゃんが小鳥を見つけた。青い小鳥で大きな口を開けてさえずっている。先輩は足を止め、
「みんな、動くと警戒して逃げちゃうから、しばらくじっとして見てよう」
と言った。
私達の足音や、歩くのに合わせて起きる衣服が擦れる音もなくなったので森の静けさが沁みるように感じられる。見ている鳥以外の声もいくつか聞こえる。
ちょっとしたら、その鳥は飛んでいった。
「行っちゃった」
あかねちゃんが残念そうに言う。
「今度ね、聖女様と一緒に来るといいよ。聖女様は野生の動物とお友達になれるんだよ」
まほちゃんは呟くように、
「杏ちゃん、すごいんだね」
と言う。先輩は、
「うん、すごいんだぞ!」
と言って笑った。
「そろそろもどろうか。聖女様、仕事終わったと思う」
突然ヘレン先輩が言った。
「よくわかりますね」
「うん、腹時計」
子どもたちはそれを聞いてちょっと考え、大笑いした。
離宮に戻ると会議室みたいなところに通された。ステファン殿下が歩いてきて3人の子どものところに行ってしゃがみ、
「どう? 森はよかったかい?」
と聞いた。
「うん、ヘレンちゃんの腹時計で戻ってきた!」
みほちゃんの返事に、殿下は吹き出した。
「ヘレン、睨まないでよ。ぼくが王子じゃなかったら、つねられるんだろうね」
「いや、そんなことしたら聖女様に殺される」
ヘレン先輩はスタスタとフィリップ先輩のところに歩いていって、腕をいきなりつねった。
「なんだよ」
「あんたも笑ったでしょ」
おそらく単なるじゃれ合いだと見た。
そしてなぜかネリス先輩が子どもたちのところにやってきて、
「腹時計ならワシのほうが正確じゃ」
などと言い、マルス先輩は、
「なに対抗してるんすか」
と呆れていた。
聖女様達八人と私達四人が着席したところで聖女様が話を始めた。
「じゃあ、玲子ちゃん、まほちゃん、みほちゃん、あかねちゃん、これからどうしていくか、話し合いましょう。ただね、状況はかわっていくかもしれないから、そのときはまた、みんなで相談しよう」
私はうなずき、他の三人も頷いているのが見えた。それを見て、聖女様が言葉を続ける。
「まず、みんなにはこの世界のことを知ってもらうべきだと思う。たとえば午前中は地理や歴史の勉強、午後は遊びでいいと思う。私達8人は夏中はここにいるから、勉強したり遊んだりここの人たちと交わりながら、この世界での生き方を学び、考えていってほしいと思う」
まあもっともな考えである。ところがまほちゃんが発言した。
「杏ちゃん、杏ちゃんは私達が元の世界にもどれないと考えてるの?」
「そんなことはないけど」
「だって、今のお話、ずっとこの世界で生きていくことが前提になってると思う。元の世界に戻る方法は無いの?」
まほちゃんの目は少しうるみながらも強い目をしていた。正直私は驚いたと言うか押された。それは聖女様も同じようで、少し考えてから言い始めた。
「まほちゃん、まず帰る方法だけど、私達は9年かけて調べてきたけど、まだわからない。もちろん、これからも調べ続けるよ」
「うん」
「いつ帰れるかわからないということは、こちらでちゃんと生活できるようにすべきだと思う」
「うん」
「あとね、私達は一度日本にもどった。だけどまたこっちに来てしまった。これは予測に過ぎないけど、私は死ぬまで、あっちとこっちを行き来しながら生きていくんだと思ってる」
「そうなの?」
「うん」
「それって大変じゃない?」
「大変かもしれない。だけど2つの人生を歩めるのは幸せなことだと考えてるよ。だって私、日本もノルトラントも大好きだから」
それからの話し合いで、ほぼ聖女様の提案通り午前は勉強、午後は遊び、ただし休日は1日中遊びでよいということになった。それでもうお昼になってしまい、食堂に移動することなった。私は聖女様のところに行った。
「聖女様、あの」
「なに? 玲子ちゃん」
「私、申し訳ないんですけど、3人が慣れてくるまでは一緒に遊んで上げようと思います。私がいなくても大丈夫になってきたら、皆さんのお仕事を手伝いたいです」
「それはこちらからお願いしたいと思ってたとおりだわ。玲子ちゃん、ありがとう」
「いえ、それがベストだと思うだけです」
「うん、でもやっぱりありがとう」
ヘレン先輩もにっこりとしていた。
食事しながら秋以降のことも聞いてみた。聖女様の考えでは、秋になったら王都に戻り、聖女様の暮らす聖騎士団で寝起きすることになるそうだ。




