第102話 面会者
夜はまほちゃん・みほちゃん・あかねちゃんの部屋で寝た。かつて王宮で生活していたときに使っていた部屋である。久しぶりにこの4人で寝た。同世代ならば夜を徹してお話をするのだろうが、子どもたちはすぐに寝てしまった。私は物足りなくも思ったが、それなりに神経が疲れていたのかあっさり寝てしまった。
目覚めてすぐ、一旦地下牢に戻された。ゾッとする場所だが、私が収容されているという証拠を書類上作っているのだろう。また木製のベッドに腰掛けていると、しばらくして「尋問」に呼び出された。王族の食堂である。いつもの朝食をいただく。
朝食後、まほちゃんたちのお世話係のヘルガさんが来て告げた。
「午前の尋問は、まほちゃんたちです。知っている算術について証言せよとのいミハエル殿下のご命令です」
「承知いたしました」
尋問官としてまほちゃんは優秀で、算術に関する私の証言をどんどん呑み込んでいった。あとのふたりはいつもどおりすぐ飽きてしまって、ステラ姫と遊び始めた。
お昼前、私は「面会」ということで呼び出された。連れて行かれたのは昨日、最初に尋問された部屋だった。しばらく待っていたら、現れたのはヤニックさんだった。
「レイコさん、ご無事で、よかったです」
「ご心配をおかけしました」
ヤニックさんが手を伸ばしてきたので、私も手を伸ばし、ヤニックさんの手をとる。心を読まずとも、ヤニックさんが聖女様でなく、私を心配していたことはよくわかった。
「連絡できず、ごめんなさい」
私は今更ながら謝罪した。
「いえ、情報統制がなされていたのでしょう」
「ええ、そうなんですが……」
ラーボエでの事件後しばらく一切の個人的通信は禁止された。あの場に居た者は、今でも私信は検閲の対象であるし、家族との面会さえ許されていない。それでも私の立場なら手紙くらい出せたであろうから、ヤニックさんに連絡をとらなかったことについてなじられても仕方がない。
何故なら私はとてもではないが、ヤニックさんに手紙を出す気になれなかったのだ。
聖女様は心に深い深い傷を負った。ステファン先輩にしても、傷ついた聖女様を見る痛みは刺された痛みの比ではないだろう。そしてその場でお二人に一番近くにいた私は、全く何もできなかった。ただただ見ていただけである。
その後ご夫妻の近くに居続けたが、居るだけしかできなかった。その私に、ヤニックさんに救いを求める資格があるように思えない。
私はヤニックさんの手の温かみを無言で感じていた。
私は考えてしまった。眼の前でヤニックさんが襲われたら。
私には何ができるのか。
ただ見ているだけにちがいない。
ステファン先輩は身を挺して聖女様を守ろうとした。
聖女様は押し留められたにもかかわらず、自ら犯人に反撃した。そしてその後、おそらくヴァルトラントの人々の気持ちを考え、戦争の責任を受け止めている。
私はその場に居ることだけしかできなかったのだ。
「なにもできなかったと、お考えですね」
ヤニックさんの声がした。
「なにもできないと、お考えですね」
返事もできない。
「いいですか、レイコさん」
「はい」
「あなたは聖女様のために、今回の騒ぎを起こしたのでしょう」
「はい」
「やっているではないですか」
「はあ」
「それでいいんです。あなたは自らに課されるであろう罰を受け止める覚悟をし、できることをやった、それでいいです」
私は自然と涙を流していた。
私はどうも、ヤニックさんの手を握ったまま長時間泣いていたようだ。いつの間にか昼食が机の上に用意されていた。しかもそれは今目の前で、すっかり冷めていた。ヤニックさんの前にも食事が用意されていたが、全く手をつけられていなかった。
「ごめなさい、食事を待たせてしまったわね」
「いえ、いただきましょう」
ヤニックさんはスプーンを手に取り、冷めたスープを飲み始めた。私もいただくことにする。食事を作ってくれた人に申し訳ないと思いながら。
私はここまで、ずっと気を張っていたんだと思う。
私にとって今回の事件、ステファン先輩が怪我したことよりも、聖女様の命が狙われたことよりも、聖女様が目の前で犯人を殺してしまったことよりも、聖女様が心を閉ざしてしまったことが辛かった。そしてあんなに優秀で強くて頼りになった先輩たちが皆、元気を失ってしまったことがショックだった。
「レイコさん」
半分ほど食べ進めたところでヤニックさんが声をかけてきた。
「はい」
私はヤニックさんの顔をみた。優しくて愛おしい顔だった。
「レイコさんはもう、できることはすべてやったのでしょう」
「はい、そのとおりです」
「だったら楽にしてください、気持ちだけでも」
「はい」
返事はしたものの、どうしたらよいのかわからなかった。
現在私は名目上ではあるが、応急の地下牢に拘束されている。陛下ご夫妻にはお気をつかっていただいている。まほちゃんみほちゃんあかねちゃんも心配してくれている。だからといって、いや、だからこそ、弱い顔は見せられない。それはエミリア女官長様や、仕事上おつきあいのあるいろんな人達にしたってそうだ。
自然と視線がさがってしまい、なんとなく冷めたスープをふたたび口に運んでいるとヤニックさんの声がした。
「私じゃ、お役にたてませんか?」
私は反射的に言っていた。
「私、ヤニックさんといっしょにいたいです」
「わかりました」
ヤニックさんはそう言い、食事が終わると笑顔を残して去って行った。




