第10話 大丈夫
朝食は聖女様を始めお仲間8人と一緒だった。私達4人はテーブルの中央部に案内された。私達が着席すると聖女様ご夫妻が入ってきて、私達の正面の席に座った。
「おはようございます。みなさん、よく眠れたかしら」
聖女様は私達ににこやかに語りかけ、私は私達4人が聖女様に最も近い席をあてがわれたことに気付いた。これだけでも聖女様が私達のことを重視していることがわかる。とにかく私は挨拶を返す。
「おかげさまでよく眠れました」
「よかったわ」
心底ほっとしたように聖女様は言って、ほぼ同時にミルクティーが出た。
メイドさんの一人がやってきて、
「焼いたものはお召し上がりになりますか?」
と聞くので、
「はい」
と答える。3人の子どもたちもお腹がすいたようでうなずいている。
「子どもたちもとりあえず同じでお願いいたします」
メイドさんはニッコリとうなずき、去っていった。
せっかくの機会なので、私は聖女様に相談する。
「聖女様、大変申し訳無いのですが、子どもたちに、今後の予定というか、どうなるかというか、そういうことを伝えていただけないでしょうか。もちろん、突然のことでなにも決まっていないんでしょうが、わかっていることだけでも」
私の言葉で聖女様の表情が少し暗くなった。そして数秒でもとの笑顔に戻り、聖女様は言った。
「ごめんなさいね、ちゃんと決まり次第伝える。ただ、基本的に私達は夏の間ここに滞在する。みんなにはその間一緒にいてもらって、ここでの生活に慣れてもらったほうがいいと思う」
「もともとみなさんにはスケジュールがあったんではないですか」
「あったけど、すべて白紙に戻した」
「私達のせいですね」
「違う、断じて違う。私達が、あなたたちを巻き込んだのよ」
私は少し言い返したかったが、ちょうど食事が運ばれてきた。
「玲子ちゃん、あのね、とっても不安なのはわかる。あとで一緒に相談しよう。だけどね、今は食べよ。お腹がすくと、不安がつよくなるわ」
「そうですね、いただきます」
お皿には厚切りのベーコン、卵、さらには野菜を炒めたものがのっていた。塩コショウの強めの味付けで美味しい。野菜のうまみが油によって引き出されている。さらにパンとスープもあり、すべて食べきるとお腹がいっぱいになった。そして心もかなり落ち着いた。まほちゃんたちの表情も明るくなった。
食事中はあたりさわりのない天候とか、このあたりの気候とかの話に終止した。私も聖女様も決定的な話は避けたのだ。そして食べ終わったところで聖女様は言った。
「すこし1時間くらいかな、私は仕事がある。それが終わったらさっきのこと、相談しよう」
「ありがとうございます。でも、私達のことは時間のある時で……」
「いいえ、あなたたちのことは最優先」
「すみません」
「謝らないで」
すがるように言われた。
空気を読んだのか、みほちゃんが、
「じゃあ杏ちゃん、あとでね」
と言った。
一旦部屋に戻ることになったが、ヘレン先輩がついてきてくれた。ヘレン先輩は札幌では研究室ののぞみ先輩だから、私にとっては一番話しやすい人でもある。
部屋にもどったところで、先輩は子どもたちに言った。
「聖女様がお仕事してる間、どうする? おさんぽでもしよっか」
「「「うん!」」」
「ちょっと足元が悪いからね、しっかりした靴にしよっか」
「「「うん!」」」
いつの間にかヘルガさんが編み上げの皮靴を4つ持ってきていた。
「うわ、かっこいいね」
私は子どもたちが喜ぶように、私から喜んでみた。でも本心である。私の気持ちがうつったのか、子どもたちはヘルガさんに寄っていった。
私も一つ受取った。しかし子どもたちに履かせるのを手伝うことにする。まほちゃんがみほちゃんを手伝っているので、私はヘレン先輩と二人、あかねちゃんを手伝う。私が右足、ヘレン先輩が左足である。まず履かせたところで聞いてみる。笑顔を心がける。
「あかねちゃん、小さい? 大きい? 痛くない?」
「うん、れいこちゃん、ぴったり!」
「じゃ、ひも、結ぶね」
「うん!」
結び終わって横を見ると、みほちゃんはヘルガさんとまほちゃんに靴紐をむすんでもらっていた。幸い笑顔である。
「立ってみて」
まほちゃんに言われてみほちゃんが嬉しそうに立つ。それを見てあかねちゃんも立って、部屋の中を走り始めた。みほちゃんと二人、追いかけっこし始めた。
「みほ、だめよ!」
まほちゃんは慌てて自分の靴をはき始めた。私も急いで足をいれる。
びっくりした。こんなごつい革靴はふつう、足にあってくるまでは小指の外側とかかかとか痛くなるものである。今履いた瞬間、もうずっと履き慣れた靴を履いたかのような感覚だ。
「すごいでしょ、魔法がかけてあるんだよ。だから大丈夫」
ヘレン先輩が私の顔を覗き込んでいたずらっ子のような顔で言った。
私は札幌で、何回かのぞみ先輩のサンプル作りを手伝ったことがある。
あるサンプルでは、石英ガラスというとんでもなく丈夫なガラスに原料を封入し、電気炉の中で何日か溶かす。のぞみ先輩は封入されたガラス管をタングステンの針金で吊るし、温度コントローラをセットしたあと必ずノートのチェックリストを見直す。そして納得すると温度コントローラの上に手をおいて、
「うん、大丈夫」
と言うのだ。そして私の方を向いて、いたずらっ子のような顔で笑う。
何回か手伝って気づいたのだが、「う~ん、大丈夫」と言ったときはサンプル作りは失敗、「うん、大丈夫」と言った時は本当に大丈夫なのだ。「う~ん」のときと「うん」のときで、なんか笑顔が違う。さっきの笑顔は「うん」のときと同じだから、本当に大丈夫なのだ。それはともかく、そのあたりのことを先輩に突っ込んで聞いてみたら、
「なんか、サンプルの気持ちがわかるんだよね」
と言っていた。それは先輩に魔力でもあるのか、それともものづくりの達人というのはそういうものなのか、私にはわからない。
とにかくヘレン先輩に連れられて、離宮をかこむ森に出た。




