第1話 白亜の宮殿
間が空いてしまいましたが、「聖女様の物理学 第5部」開始します。
不定期更新となりますが、少しずつ投稿していこうと思います。おそらく週2回程度の投稿となると思いますが、よろしくお願いします。
ここは魔女の森の入口、私はアン聖女様、そしてその子ルドルフと森に入ろうとしていた。
「聖女様、ほんとうによろしいのですか?」
ここまで護衛してきてくれた聖女親衛隊の隊長レギーナ様が心配そうに聞いている。
「うん、心配かけてごめんね。1時間ほどで着くし、ルドルフもいるから」
「そうですが、気をつけてください」
「うん、わかった。じゃ、レイコちゃん、ルドルフ、行こう」
私は親衛隊の人々の視線を感じながら、人一人が通れるだけの細い道に足を踏み入れた。
魔女の森に入る前の年の夏、私は気がつくと白亜の宮殿の中庭のようなところに横たわっていた。「ようなところ」というのは、ルネッサンス期に使われていたような天体観測器具がいくつも立っている間に私はいたからだ。その機材は朝露にぬれており、私も全身濡れていた。寒い。
「んん、寒い」
という声に横を見ると、小学生くらいの女の子が震えている。さらに就学前くらいの女の子も二人いる。これはまずい。私もふくめ四人とも長袖の服ではあるが全身濡れてしまっていて、その水を通して体温がどんどん奪われていっている。私は三人を起こした。
「あのね、このまま横になっていると寒くて死んじゃうから、みんなでくっついて体を温めあおっ」
すでに体力がかなり奪われているのか、ちいさな二人の女の子は体の動きが鈍い。
「みほ、あかねちゃん、しっかりして」
一番大きい子が心配しだした。心配する余裕は未だあるようだ。私は三人をくっつけるようにむりやり抱いた。
「さむいけど、がんばろ。多分もう少しで太陽があたるから」
「うん、がんばる」
やがて太陽が私達を温め始めたと同時に、声が響いた。
「中庭に侵入者だ! 非常呼集!」
私達は抜剣した女性たちに囲まれてしまった。
「何者だ! 名乗れ!」
怖くて声が出ないでいると、繰り返し問われ、そのたびに突きつけられた剣が近づいてくる。私は覚悟を決めて答えた。
「小原玲子です」
「オハラレイコ? 聞き慣れない名だな。外国からの間者か? どこから来た?」
相変わらず語勢は強い。
「あの、札幌から来ました」
「サッポロ? 知らん。どこの国だ!」
「に、日本です」
「ニホンだ? 何をしにきた!」
「わ、わかりません。気がついたらここにいました」
「そんなことあるか! 本当のことを言え!」
「ほんとうです。それより、この子達、このままだと死んでしまいます」
「何だと、うむ、捕らえろ!」
私達はワッと女性たちに囲まれ、両腕を挟まれ、引っ立てられた。
私達は装飾のまったくない部屋に入れられた。容赦なく服を脱がされ、全身を拭かれ、頭から簡素なワンピース状の服を被せられた。泣き声が聞こえ、
「みほ、あかねちゃん、大丈夫だから。おねえちゃんがついているから」
という声が聞こえる。私もしっかりしなければならない。
パチパチという音も聞こえる。室内には暖炉があり、火が焚かれている。私達はその前に連れて行かれ、そのおかげで体がすこしずつ温まってきた。
小声で話す女性たちからときどき「聖女様」という単語が聞こえてくる気がする。
私は「聖女様」を知っている。だからそのチャンスに賭け勇気を出して言ってみた。
「すみません、聖女様とお話できないでしょうか?」
「何? ふざけるな!」
「おねがいいたします」
「おまえのような不審者に、会わせられるわけがないだろう!」
「私は個人的に聖女様を存じ上げております。あの、私の名前を伝えていただければ」
「黙れ!」
それからは何を言っても応じてくれなくなった。
しばらくすると、私達は暖炉の前のテーブルの前に座らさせられた。言葉は厳しいが、小さな子達は冷え切っていたからだろう、ここの女性たちは基本的には優しい気がする。私は一緒に居た子達のうち、一番大きな子に話しかけた。
「私、小原玲子。お名前を教えてくれるかしら」
「はい、新発田まほです。妹のみほと、お友だちのさかきばらあかねちゃんです」
あかねちゃんは目も虚ろで元気がない。
私はあかねちゃんを抱きしめた。
体がまだ冷たい。私は慌てた。
「神様、おねがいです。魔法でもなんでもいいですから、この子をあたためてください」
体の芯があつくなった。この熱があかねちゃんをあたためてくれないだろうか。
「貴様! 何をした!」
一人の甲冑を着込んだ女性がまたも剣を突きつけてきた。
「あかねちゃんが体が冷えていて危険です。温めています」
「違う! なにか魔法を使っただろう!」
あかねちゃんを抱いたまま答える。
「魔法とかわかりません。神様にお祈りしただけです」
「何だと!」
「とにかく今は、この子を温めさせてください。あとでなんでも答えますから」
そのあと私はあかねちゃんを抱き続けた。甲冑を着て剣を抜いた女性は増え、私達を取り囲んだ。甲冑が暖炉からの赤外線を反射するのか、どんどん体は温かくなっていく。
「飲め」
湯気をあげるコップが差し出された。
「ありがとうございます」
口をつけると甘いお茶で助かる。
「その子はもう飲めそうか」
「いえ、まだだと思います」
「お前が大丈夫だと思ったら、飲ませてやれ」
「はい、ありがとうございます」
まほちゃん、みほちゃんもお茶をもらっていた。
コップのお茶がぬるくなってきたころ、あかねちゃんが目を開いた。
「あかねちゃん、飲める?」
「うん」
「少し飲みな」
「うん」
あかねちゃんは少し口をつけ、また目を閉じた。峠は越せた気がする。
ガタガタと音がして、男性が何人か入ってきた。やはり甲冑を着ている。手に持ったキャンプで使うようなベッドを暖炉の近くに広げた。
「その子は、ここで寝かせたほうがいいだろう」
私があかねちゃんをもちあげてのせると、他の誰かが毛布をあかねちゃんにかけた。
「お前らも寝るか?」
その男性はまほちゃん、みほちゃんにも問いかけた。二人は首を横にふる。
「無理しないで、休んでいたほうがいいんじゃないかな」
私が言うと二人はうなずきあったのを見て、男性たちは出ていった。
暖炉の近くに簡易ベッドが4つ並べられ、
「貴様も一応休んでおけ」
と言われたので横になると、すぐに眠くなってしまった。
第5部は、主人公が杏とのぞみの後輩小原玲子ちゃんになります。玲子ちゃんのノルトラントでの冒険にご期待ください。