第三話 『信頼』
「なんかめっちゃ道が長くなってないか…?」
光の中に入ることで先ほどまであった遺跡の中に入ることはできたはいいが、異様に中心までの道が長くなっている。実際に距離が伸びているのではなく、周りの重たい空気と光で長く感じられるだけかもしれないが、こういった空間拡張系魔法がこの世界にはあってもおかしくはないな、とソラは思った。そして、ひたすらシリウスが向かったはずである中心部へ走った。
走るソラを追いかけて、彼の背後から遺跡の地面に刺さっていた剣がまるで意志をもっているかのように、真っ直ぐソラを追いかけてきた。
「うおおおお、マジで異世界すぎてやべえええ!でも今の俺ならもしかしたらものすごい力が…!」
謎に自信が湧いて若干ハイになっているソラは、振り向きざまに落ちていた石を投げつけた。しかし、そんな攻撃をものともせずに、剣はソラを追いかけ続けてくる。
「なんだよもおおお、俺には逃げるしか選択肢が与えられないのかよお!」
といいつつも、突進してくる刃物に普通の人間が勝てるわけがないと悟ったソラは、全速力で剣から逃げ切ることに専念した。
「はぁ、はぁ……なんとか逃げ切れたか」
ひとまずは命の危険は去って安堵した空。すると、遺跡の奥の方から、何やら金属どうしが激しくぶつかり合う音が聞こえてきた。
聞こえてきた方向を見ると、いわゆる「魔物」と戦っている銀髪の少女-シリウスの姿があった。
彼女は氷(正確には冷気だろうか)をまとった剣で次々と向かってくる敵を倒していった。
「シリウスって本当に騎士で強いんだな。ちょっと疑ったことは謝っとくよ」
「わかったならそれでいいわ………って、なんであんたがここにいんのよ!『あそこで待っていろ』って言ったじゃない」
「いや、俺は待っているだけじゃダメなんだ。さっき会ったばっかりの相手でも、一度話して声を聞いてしまったからには、俺は一人で危険に向かっていくのを見殺しにできない」
「そんなこと関係ないわ!私、騎士の使命は、罪のない平民を危険から守ること。あんたみたいな一般人を危険には遭わせられない」
先ほど決めた覚悟が、この言葉で揺らぐ。そう、ソラはただの高校生なのだ。この世界に来たからと言って、戦えるわけでもない。それでも、目の前の同年代の少女の命を守るため、どうにか言葉をつなごうとする。
「それでも君みたいな子がたった一人で命を捨てるようなことじゃな…」
「うるさいわね!私はみんなの命を守らなきゃいけないの。それに邪魔だから、あんたはあそこで待ってて」
「だからって一人で自分の使命を背負い込んで自分の命を無くすことはないだろ!」
ソラは叫び声で言った。叫んでしまった。もう自分の前で、他人のために命を簡単に投げ出すのはやめて欲しかった。その感情が、溢れ出たものだった。
少し間を置いた後、シリウスが少し震えた声で会話を再開した。
「なら、私はどうすればいいの?あのままあなたと一緒に逃げ出せばよかったの?」
「そういうことでもない。他人のためになることを必死にやるのはいいことだよ。褒められるべきことなんだ。ただ…」
「ただ…?」
ソラは、息を深く吸い、シリウスの目を見て優しく訴えた。
「ただ、君一人で、そんな重たい使命を背負ってほしくないだけだ。俺は確かに一般人で、弱くて、この状況でできることは頭を働かせて解決策を考えることくらいだ。それすらできるか怪しいけども。だけど、俺は君の隣にいて、苦しみを分かち合うことができる。たとえ、さっき出会ったばっかりの相手だとしても」
「でも……でも…………」
何かを言おうとしているシリウスの口からは言葉が出ず、代わりに目が潤んできた。
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私はいつからか、他人に”頼る”、”任せる”、ということをしようとしなくなっていた。
私は、代々王家の重鎮である一族のメリクリウス家の長女として生まれた。私は両親の一人目の子供ということで、大変可愛がられながら不自由なく幼少期を過ごした。
お母様は王国騎士団の水性魔法騎士隊の隊長だった。普段は忙しくてなかなか家で会うことができなかったけれど、脅威から都市を守り、弱き者に優しく語りかける様子を見て、いつしか私の憧れとなっていた。
ある日、突然都市の中で魔獣が数十体出現した。お母様と数人の若手隊員がたまたま近くにいたから、被害が拡大する前に対処に向かった。
現場に到着すると、隊長だったお母様は彼女がすぐには対処できない魔獣の処理を他の隊員を”信頼”して任せた。お母様は出現した魔獣を次々と切り捨てていったが、他の隊員ではそうはいかない。
彼女が戦っている後方で、一人の隊員が魔獣の攻撃に直撃して命を失った。その姿を見ていた他の隊員が、死への恐怖からお母様を含む残りの隊員を見捨てて逃げ出していった。
その隊員の逃走から徐々に戦線は崩壊し始め、処理しきれていない他の魔獣からもお母様は攻撃を受けた。周りの街並みは完全に崩壊し、他の隊の増援が到着したのは、最後まで戦ったお母様の姿が現場からなくなってからだった。
このことから、お父様も壊れ始めた。そのお母様の死への深い悲しみから、お父様は私を外に出さず、危険から徹底的に遠ざけようとした。また、メリクリウス家の後継としての教育を私にやりこませた。そして、お母様の死は信用できない他人への”信頼”のせいだ、とお父様、そして私も決めつけさせられ、ずっと心の中に留めておいた。
それでもお母様への憧れを捨てきれなかった私は、お父様の反対を押し切って王国騎士団に入団した。しかし入団して一人前になってからは、基本的に一人で任務に行っていた。他の同僚に任務を手伝って欲しいと求めることはほとんどなかった。
自分より弱い人間に、自分が求めることができるわけがない。そう思ってあの時から生きてきた。
今のこの状況も、自分より弱い人間が、自分を支えるなどと言っているだけだ。簡単に断ればいい。
でも私は、”頼らない”ということで自分が苦しんでいることに気づいていなかった。もしくは、気づかないふりをしていたのかもしれない。
たとえ弱い人間でも、”頼る”ことで私を楽にしてくれる、そう彼は言っている。
それでも本当に私は…
「頼っていいのかな……」
こんな私に、頼られて嬉しい人などいるのだろうか。まして、さっきまで突き放そうとしていた相手に。それでも私は、なぜかうなずいてくれることを期待をしていた。そして、彼は期待に応えてくれた。
「もちろんだ。俺にできることはそれくらいしかないけど、それで君が少しでも楽になるなら、いつでも隣にいてやる」
私の目から、無意識に涙がこぼれ落ちた。やっぱり私は安心したんだ。信じられる相手が欲しかったんだ、とやっと気づいた。私はその涙を拭い、目の前のただ一人の男の子を真っ直ぐ見た。綺麗な琥珀色の目で、彼も私の方を見た。
「それなら、お願いするわ。だけど、私の戦いの邪魔はしないでよね。ええっと…」
「そういえば、まだ名前教えられてなかったな。俺の名前はホシノ・ソラ。今から君のパートナーだ」
その男の子、”ソラ”がそう言って微笑むと、私も笑顔で応えた。
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