第二話 『暗影の脅威』
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「あらあら、やはり貴方は目覚めるのが早いですねぇ。まあ何はともあれ、私の力が強まる満月の日まで、ここで待っていてくださいねぇ」
メランコリアはそう言って、鉄格子の扉を閉めてどこかへ消えていった。
ソラがいる場所は、さっきまでいた闇の空間でもその前にいた遺跡がある山でもない、牢獄のような場所だった。牢獄と言っても、ソラ一人だけを閉じ込めるには広すぎる空間だった。周りは石の壁で囲まれており、メランコリアが出入りした部分だけ鉄格子になっている。壁のところどころには小さな穴が空いているが、かなり高い位置にあるので外をのぞくことは難しい。
次に、ソラは自分の持ち物を確認してみた。騎士の服装はもちろん、持っていた剣もとられていない。
「監禁にしては優しい条件じゃないか?」
ソラは鉄格子の扉の方を見てみた。ソラはその扉のほうに駆けよって、外の風景を見てみた。もうすでに日が暮れていて、月明かり以外の目立った光は降り注いでいない。この牢獄は大きな穴の中心にあるように見えて、崖の上は見えない。
(最近夜空の観察はできてないな。こっちの世界の星はどうなっているんだろう…っといかんいかん!今はここから脱出する方法を考えろ)
扉をよくみると鍵はかかっていない。ソラは、罠かもしれないと思いながら、扉を恐る恐る開けてみた。手を牢獄の外に出しても何も起こらない。
「…優し”すぎる”条件に訂正した方がいいかも」
ソラはそのまま、足を外に踏み出してみた。しかし両足が地面についた瞬間、彼はなぜか牢獄の中心に戻されていた。ソラが理解不能な現象に唖然としていると、彼の背後…つまり小さな窓から降り注ぐ月明かりの影から、メランコリアの声が聞こえた。
『そんなに簡単に、ここを脱出できると思っているなんてぇ……どうしても人間っていうのは自分の都合のいいように世界ができていると信じ込んでしまうのですねぇ。まあ私としては、そのちょっと間抜けな表情が見れただけでも十分ですよぉ』
その煽り文句の後に、甲高い笑い声が聞こえた。そして、急に笑い声が落ち着き、メランコリアは今までの口調に戻って話を再開した。
『私としては、貴方を殺すつもりはありませんよぉ。私はこう見えて魔族の中では温厚で平和主義な方なんですよねぇ。”こう見えて”といっても私の姿はまだ見ていないと思うんですけどねぇ。私はこの世界を影で包み込んでみんなが本音で語り合える世界を作ろうと思っているんですよぉ。この話、私の影空間の中でしましたよね?それなら私が貴方の力を借りたいと思っているのもわかっているはずですねぇ。神に会って話をするため、そしてその無尽蔵な魔力で私の計画を補完するために、貴方の体が必要だと言ったはず。だから、私の貴方への扱いは丁寧にしますよぉ。食事は一日三回毎日運びますし、排泄は…まあそこらへんの角でしておいてください。それでは、今日のところはおやすみなさい”ホシノ・ソラ”。満月の日まで短い付き合いですけれども、仲良くしましょうねぇ』
「仲良くできる気がしねえよ……」
メランコリアの長い一息の話の後に、ソラはため息をついて呟いた。
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「え、ソラが、さらわれた……?どういうことなの、リゲル、どういうことなんですか、キュアノス隊長!?」
シリウスは、自分の前で俯いているリゲルとキュアノスに言った。彼女らがいる場所はもちろん、キュアノスの隊長室である。そこで、ソラが影の中に消えていったという情報を突然知らされたシリウスは、動揺せざるを得なかった。
「どういうこともクソも、今話したことしかわかってないんだよなあぁクソッ」
「万が一に備えてソラ君には私の魔石をポケットに入れておいたんだけど、すぐに気づかれて壊されたね」
「それじゃあ、どうすれば……すぐに捜索に行かないと」
「だめだ、シリウス。相手の情報が少なすぎる上に、人手をかけられない。たった一人の騎士の救出のためにそこまでする理由が私たち以外にはないからね。あいつらがソラ君を狙っているっていうことは、ソラ君がとられたらまずい状況になるっていうことがわかってないのかな、みんなは」
リゲルも、キュアノスも、いつもの落ち着きを失っていた。部屋の中に不穏な空気が漂っている。
そんな中、一人の女性がノックをして中に入ってきた。
その女性は、月の席に座っていた者…つまり、月(陰)性魔法隊の隊長である。
「失礼します。キュアノスさん、一応一通り調べてきましたよ」
「ありがとう、いつも助かるよ、ルナ」
「いえいえ…。それで、そのソラ隊員をさらったと考えられる魔法が、使い手がほとんどいない”影渡”だったんですね。今、少なくともこの国にはそれを使える者はいないと思われます。魔族たちがソラ隊員を狙っていたということから考えると、今回の事件もおそらく犯人は魔族…それも魔力を消すのが上手い手練。ここから考えると、犯人は……」
「おいおいまさか…」
「…メランコリア・シュワルツ、”七大魔・暗影”、であるかと」