一部三章幕間
* * * * * * * * * *
魔族たちの襲撃から遡ること数時間前……
メリクリウス邸にて、ソラとリゲルが修行していたときのことである。
二人が休憩していると、フィーデルがジュースのようなものを二人のもとに持ってきた。
「お二人とも、こちらをお飲みください。体力が湧いてきますよ」
「何これ?なんかや○いせ○かつみたいな色合いしてるしうまそ〜」
「お前まさか、この”オランゲジュース”飲んだことねえのかよ。人生損してるぜ〜」
「ここにきて初めて知らない果物に出会ったと思ったら、まさかの”オレンジ”のローマ字読み…」
なぜか自慢顔で言ってくるリゲルである。そんなリゲルをスルーし、ソラは急にこの世界の果物について気になり始めた。
「これ飲むとな、オランゲの果汁の効力で疲れが取れて、めっちゃ体軽くなるんだぜ。ごくごくごく…ぷは〜っ、やっぱうめえ〜」
「しかも便利な効果付き…よし、俺も飲んでみよう。ごくごく……って、酸っぱ!よくこんなの一気に飲めるな、先輩」
「こちらの飲み物は初めて飲まれる方には少し刺激が強すぎたかもしれませんな。申し訳ない」
「いやいや全然いいって。でもなんか確かに体力が回復してきた気がする…!」
ソラはオランゲジュースの効果を実感した。その後、突然フィーデルのことが気になり始めたソラは、フィーデルに尋ねてみることにした。
「なあ、フィーデルさんはなんでここの執事さんやってるの?」
「それは…話せば少々長くなりますな」
そう言ってフィーデルは咳払いし、改めて話し始めた。
「私は、元は貧民街の生まれで、メリクリウス家のような大貴族とは縁のない生活を送っておりました。親を亡くし、当時少年だった私は、当然苦しい生活を送っておりました。
ある日、あの日は雨だったでしょうか、空腹で路地裏で倒れていた私を、とある銀髪の女性が私を助け出してくれました。それが、シリウスお嬢様の祖母にあたる、アイリッシュ様でした。濡れたまま倒れていた私を、優しく抱き抱えて、彼女の経営する孤児院まで運んでくださいました。
そこから成人として成長するまで、ずっとそこで暮らしていました。ちょうど私が街で働き手になるような年齢になった時くらいに、アイリッシュ様に娘であるイリス様がお生まれになりました。アイリッシュ様も旦那様もこの孤児院を守るために忙しく働かなければならず、イリス様の面倒をいる時間はほとんど取れないご様子でした。そこで私はアイリッシュ様に恩を返したいと思い、自分からイリス様のお世話を引き受けました。あの時は子育てがここまで大変だとは思いもしなかったのですがね。
イリス様は何事もなく元気にすくすくと育っていきました。その中で、私もずっとこの孤児院で世話になるわけにはいかないと思い、体の強さに自信があった私は騎士になろうと思いました。王国近衛騎士なら生活に困らないほどのお金を稼げるだろうと思ったのです。しかし、貧民街出身だった私は当然差別的な対応を受けていました。そのことに関する苦労話はあなた方には退屈なものですので、ここでは割愛させていただきましょう。
私が騎士として活動し始めたころから、気恥ずかしいのですが、イリス様は私の姿に憧れて『騎士になりたい』とお思いになったそうで、彼女も騎士の道を歩むために努力されました。彼女は水魔法に関して非凡な才能があったようで、若くして水性魔法隊のトップの座につかれました。彼女はその戦う姿から”戦乙女”と呼ばれていました。
そのイリス様が、当時仲が悪かった騎士団とメリクリウス家の政略結婚のような形で嫁がれたのです。当然私やアイリッシュ様は反対しましたが、イリス様が王国の平和のためと言って譲りませんでした。そこで、私は騎士を引退し、イリス様の付き添いの従者としてこのメリクリウス家にやってきたのです。
最初は騎士団と仲が悪かったということもあって、私は当主様を警戒していました。しかし、政略結婚などと関係なく、彼のイリス様への愛は本物でした。また旦那様は騎士団との関係の改善に積極的だったため、私は彼にも力をつくすことに決めました。
そして、長年ここに使用人として勤め、今では執事という立場を賜っているわけでございます」
「……」
「……少々長話が過ぎましたかな。お若いあなた方には退屈だったでしょう」
「いやいやこっちから聞いたから全然大丈夫。むしろフィーデルさんのこと教えてくれてありがとう」
「こちらこそ、老人の長い身の上話に付き合ってくださりありがとうございます。私は一通り屋敷の方の仕事は終わりましたので、よろしければソラ様に指導させてもらいますぞ」
「マジすか、ありがとうございます!よろしくおねがいします、師匠!」
ソラの元気な声が、晴天の空に響いた。