第九話 『雷鳴と迅雷と影』
* * * * * * * * * *
「ん、悪い、ソラ少年。ちと用を足してくるぜ」
そう言って、ブルームは森の中に隠れていった。
「…よし、もうここならいいだろう」
ブルームは、森のかなり奥のところまで歩いていって止まった。そして、辺りを見回して、大声で言った。
「ずっといるんだろ!出てこい、魔族!」
その声の後に、稲妻のように不規則な動きで走り回る存在が現れた。そして、その走っていた者は高く跳躍し、二本の短剣で落下地点にいるブルームの背中に斬りかかった。ブルームはその攻撃に反応し、振り向いて自分の大剣でそれを受け止めた。
「ハハッ、ずっと気づいてたんだね。すごいじゃないか〜」
その無邪気だが、悪意のある話し方をする小柄な男は、トニトであった。彼は、ソラたちが山を登り始めた時くらいから、ずっとブルームのことを隠れて見ていたのだ。
「わざわざ俺のことを褒めてくれて光栄だが、それでもお前さんには死んでもらうぜ。あいにくお前は、魔族の中でも特に危険なやつっぽいから、なあ!」
ブルームが大剣でトニトを弾き飛ばす。トニトは軽やかな動きで受け身を取り、ニヤついてなめずった。トニトの顔は、まるで捕食者が獲物を狙うようなものだった。
「いいねいいね、アンタ強そうじゃ〜ん。ぜひとも、楽しく、愉しく、激しく!シビれる戦いにしようねえ」
「悪いが、俺にそんな余裕はねえんだよ!」
森の中で、”雷鳴”と”迅雷”の激しい戦いが始まった。
ソラは、走って迷宮を駆け登ってきた。迷宮の外に出ると、ブルームとトニトの戦いによって薙ぎ倒された木々があった。ここまで激しい戦いだから、周りにはブルーム以外の騎士たちも集まっているが、ほとんどの騎士たちはこの戦いではブルームの足手まといになるので、何もできずにいた。
ソラも他の騎士たちと同じように戦いを後ろから見守っていたら、駆けつけた騎士の一人であるリゲルに見つかった。
「おい、ソラ!今までどこ行ってたんだよ!」
「悪い、先輩。もう行くべき場所には行ってきたけど、結局無駄足だった」
「馬鹿お前、あいつらに捕まったらどうすんだ!今回はブルーム隊長がいたから良かったけど、もう勝手にどっか行くなよ」
リゲルはやれやれとため息をついたが、ソラを見つけて安心した顔になっていた。それとは対照的に、ソラはシリウスのことが不安になった。
「なあ、シリウスは、ここには来てないよな…?」
「うん、あんな危険な子、わざわざここに連れてこないよ。この前落ち着いたって言ってたけど、あの子は絶対あの魔族と戦おうとするよ」
ソラの後ろにキュアノスが立っていた。そのキュアノスは、ソラを見てニコッと笑ったが、明らかに怒っている声でソラを追及した。
「そんなことよりソラく〜ん、勝手にあの部屋からでるとは、何事かな〜?」
「い、いや、あれは俺にもやるべきことがあったし、部屋から出したのブルーム隊長だし……」
「今君がやるべきことはあの部屋に閉じこもってることだよ。ブルームも一体何を考えているのやら…」
キュアノスも、先のリゲルと同じように、大きい身振りと共にやれやれとため息をついた。
「キュアノスはなんで、ブルーム隊長に加勢しないんだ?隊長同士で連携をとりあって戦ったらあいつに勝てるんじゃないのか?」
「いや〜ブルームがめんどくさい性格でさ〜、一対一の戦いで勝手に手助けすると怒るんだよね。今までそれで何回か死にかけたけど、治らないもんなんだね」
「じゃあ、ブルーム隊長が負けた時の保険でいるってことなんですね」
「そうだね。それと、もう一つ。もう一人の魔族が現れたときの対処も私がやるよ。少なくとも私レベルの強さがないと、あの魔族たちには勝てないからね」
そう言って、キュアノスはソラの周りを彼女の”目”で見回した。今のところ、そのもう一人の魔族であるブランの姿は見当たらない。
そのことにキュアノスがひとまず安堵した次の瞬間、突然、ソラの影から黒い手が出てきた。その手でソラは口を塞がれ、足を掴まれて影の中に引きずり込まれていった。
「!!?」
「ソラ!?」
「なんだ今のは…全く気づかなかった…。おそらく、月、陰魔法の一種だとは思うが、発動まで魔力が全く見えなかった。いや、あの二人の魔族のことばかりに気を取られていて、見落としたのかもしれない」
キュアノスは、自分のミスを悔やんだが、すぐに切り替えてソラの捜索を始めようとした。
しかし、そこで彼女はある違和感に気づいた。トニトがソラを探しに退却しないのである。キュアノスが思い返してみると、トニトは前回来た時も、ソラに興味を持っただけで狙っていたわけではなかったことに気づいた。
「ブルーム、ここは一旦退いてくれ!”迅雷”の狙いはおそらくソラじゃない!」
「あぁ!?今いいとこなんだよ、邪魔すんじゃねえ!」
「このわからず屋め…!仕方ない、アイス…」
「邪魔すんじゃねえって言っただろ!」
キュアノスが魔法を放とうとしたが、ブルームはそれを止めた。仲間割れをしてそうな二人の騎士を見て、トニトは攻撃をやめ、ポリポリと頭を掻いた。そして、気の抜けた声でこう言った。
「なんか、そっちの女の人が帰れって言うし、オレ、今日のところは帰るね〜」
「は…?」
「じゃ、また、やりあおうね。強き人間」
トニトはいつものように、雷になって帰っていった。
キュアノスは剣をしまい、とりあえず周りを見回してみた。やはり、ソラの姿は見つからない。
遺跡の山に残されたのは、集まった騎士と、倒された木々だけだった。




