第八話 『優先事項』
「何もねえな」
「やっぱりないか…」
ソラとブルームは、迷宮の入り口があったはずの場所に立っていた。しかし、さっきソラが行った時と同じく、そこにあったのは岩の壁だけだった。
「すみません、結局何もなくって」
「いいんだいいんだ、気にすんな。そんなに暗い顔して謝ってばっかじゃ人生よくないぜ。ほら、笑えよ。笑って前向きに考えろ」
「前向きに、か…」
ブルームはこの性格だから、騎士団内外から人気があるだろうな、とソラは思った。しかし、ソラは笑うことができなかった。彼は、ルミナのことがどうしても気がかりなのだ。
「ルミナ、どうしてるだろうな。多分ずっと一人で、閉じこもってるんだろうけど」
ソラがルミナのことを思っている中、ブルームは後ろの森をチラッとみた。
「ん、悪い、ソラ少年。ちと用を足してくるぜ」
そう言って、ブルームが森の中に隠れていった。
ブルームの姿が見えなくなってからしばらくして、突風とも言えるような強い風が吹いた。その風によって、木の葉が舞い散り、ソラのいるところまで飛んできた。そこで、空はおかしなことに気づいた。なんと、その木の葉は岩の壁を通り抜けていったのだ。
「!?どういうことだ…?この先は、ちゃんと迷宮があるのか?」
ソラは、岩の壁に手を伸ばして触れようとした。しかし、彼の手は木の葉と同じように壁をすり抜けていった。
「そういう仕組みなのか。ということは、この岩はただの幻…この迷宮を隠しているのは、ルミナってことか。なんでこんなことを…いや、そんなこと考えてる場合じゃない。待ってろよ星神」
ソラは思い切って岩の壁にむかって足を踏み出した。すると、彼は通常通り、迷宮に入ることができた。そのまま彼は、八つの扉のあった場所まで走っていった。
「オマエ、どうやってここに…」
「それ前にも聞かれたよ、ルミナ」
大倉庫を通りすぎる途中に、ソラはルミナに見つかった。そのルミナは、最初にあった時と同じく驚いた顔をしていたが、その時よりも暗い表情に見えた。
「あたしの大魔法結界が、なんでオマエに通じないのよ…?」
「その言い方だと、やっぱりお前の仕業なんだな」
「……そうよ。この迷宮を覆い隠すこの結界は、この迷宮とその中にいるものの存在を忘れさせるの」
「なんで、なんでそんなことしたんだよ」
「それでよかったから…。それだけよ」
「何も良くねえよ!お前は、このままずっと、ここの中にいるのか?誰からも相手にされずに?」
「それでいいのよ。あたしの問題は、あたしで片付ける。たとえ何年かかろうとも」
「そんなの、悲しいのがずっと続くだけだろ。外に出て、ここにとらわれない新しい生活を始めようぜ。みんな受け入れてくれるはずだ」
「人間は、そうやって甘い言葉だけで騙してくる。人間なんて、醜い欲望の塊なのよ。あたしが必要無くなったら、どうせ…」
ルミナの中にはまだ三百年前のトラウマが残っていた。親しかった友に似ているソラの前でも、それは消えることなく彼女の考えの根底に居座っていた。
「そんなこと…」
ソラはすぐには返す言葉が見つからなかった。彼が口ごもっている間に、突如、彼に語りかけてくる声が聞こえた。
『君は、いつまで寄り道しているのかな』
「!!?」
聞こえてきた声は、紛れもなく星神のものだった。しかし、ルミナにはそれは聞こえていないようだった。
『今はこうして君の頭に直接語りかけているよ。僕に会いにきてくれるってわかって、待ちきれなくてね』
「くっそ、いつでも話せるのかよ、この依存系神様がよ」
『いつでもは話せないよ。今はたまたま僕の魔力が濃い場所に近いだけだから君に語りかけることができるだけなんだ。あと、僕からしか話しかけられないよ』
「めんどくせえな、お前」
「オマエは誰と話しているのよ?」
ルミナがけげんな顔でソラを見ていたが、ソラはここにきた目的を思い出し、一旦ルミナのことをおいておくことにした。
「悪い、ルミナ。今から俺が変なこと言うかもしれないけど、見逃してくれ」
「オマエは、なんなのよ…」
ルミナの顔には、寂しさが表れていた。彼女はソラを昔の友人と重ね、またここでゆっくり話していたいと思っているかもしれない。しかしソラは、ルミナの表情に少し心を痛めたが、それに構わず今自分が騎士団のためにできることを実行しようとした。
「じゃあ教えてくれ、星神。あいつらは、俺の何を狙っている?”星の器”ってなんだ?」
『一つ目の質問の答えは、あのキュアノスとやらが出した結論とほとんど違わないんじゃないかな。まず僕の加護を受けた人間はほとんどいない。同じ時代に存在する可能性はほとんどないといっていいかな』
「それってお前のせいってことじゃねえか。お前が勝手に加護授けるからそんなことになってるんだろ?」
『残念ながら、加護を授けるのは完全ランダムだ。僕の力でどうこうできるものじゃない』
「…じゃあ、”星の器”ってなんなんだ?」
『それについては、回答を控えさしてもらうよ』
「は?ふざけん…いや、ここでキレても仕方ねえ。なにかためになる情報を得ねえと…あ、お前さっきキュアノスって言ってたよな。ということは、こっちの世界のことを見てるってことだ。なにかあいつらに対する有効な対処法とか教えてくれよ」
『あの魔族どものことか。あいつらは”七大魔”、魔族の中でも最も強大な力を持つ魔族たちさ』
「……え、それだけ?」
『あいにく、魔族に関する情報はほとんど持ち合わせてないよ。まあ、君が死なない程度には見守っておいてあげるよ』
「最っ悪…!ここまできて結局なんの進捗も得られなかったじゃねえか!」
『僕としては、君さえ生きていればいいからね。それじゃ、ばいば〜い』
そして、星神はソラの頭の中から姿を消した。
「くっそ。しょうがねえ、帰るとするか」
「待つのよ、オマエ」
「ん、どうした、ルミナ。ちょっと今急いで…」
「わざわざここまできて、あたしに構わず帰っていくの?」
悲しい声で、泣きそうな顔で、ルミナはそう言った。ルミナはどうしても、自分に会いにきてくれるソラを手放したくなかった。
「ああ、すまねえ。また来るから」
ソラだって心を痛めないわけではない。でも彼の心には第一優先で騎士団の役に立つことがあった。ソラは、ルミナの方を振り返らずに、迷宮の外へと駆け出していった。
「……やはり人間は、皆同じなのね」




