第五話 『二人の魔』
「じゃじゃ〜ん、偉大なるトニト様の、参上〜!」
雷の跡から出てきたのは、高めの声をした、小柄な男だった。そして、その男もブランと同様に、頭に二本のツノが生えていた。
「今度は誰がきやがった…!?」
「今自己紹介したよなあ、オレ。そっか〜君たちにはわからなかったか〜。でも、優しい優しいトニト様が君たち馬鹿どもにもわかるように自己紹介してあげるよ。オレの名前はトニト・リヒター。”七大魔”の一柱、”迅雷”の二つ名で知られてるトニト様さ。ちゃんと理解できた?だいじょうぶ?」
「なんでこんなところに、こんな大魔族が二人も…」
「おいおいおいおい、何しにきやがったこのガキィ?こいつはオレのモンだから、横取るなんて許さねえぞ」
「へえ、こいつが君が最近狙ってたやつか。ん〜なんというか……思ったより普通の人間だね。その魔力は全く普通じゃないけどね。やっぱり君について行くといいものがあるねぇ」
トニトはソラの方をじーっと見て、にやけてこう言った。
すると、トニトとソラの間を炎がさえぎった。
「オレのもんって言っただろ。なんだぁ、それとも、オレと殺し合いたいっていうのかぁ?」
「はいはい、熱くなりすぎだって君。そんな風だからだ〜れも君のことなんか好きじゃないんだよ」
「ハッ、どの口が言ってんだ。燃やして灰にしてやる」
「別にオレは君とやりあってもいいんだけどね。オレもちょっとこの人間欲しいし」
「なんだなんだ、こいつら味方同士じゃないのか…?」
二人の魔族の間に危険な空気が流れた。その空気に圧倒されながらも、かろうじてリゲルが叫んだ。
「ソラ、今の内に逃げろ!」
その叫び声でソラが動こうとするも、二人の魔族がそれを見逃すはずがない。すぐに、魔族たちの目がソラの方に向いて、それぞれ言った。
「ダメダメ、お前はここにいなくちゃダメなんだよ。お前を探すためにいっぱい人間殺すの面倒だからな」
「そうそう、オレとこの炎おじさんのやりあいの結果を見届けて、勝った方に君が行かなきゃいけないんだから。まあ、オレの方に来ることになるだろうけどね」
「うるせえな、クソハイエナガキがよぉ」
ブランの手に炎が宿る。その炎に込められた大量の魔力に対し、トニとだけでなく周りの騎士たちも自然と剣を構えだす。
「メタ・アイスウォール!」
突然、ソラと、一触即発だったブランとトニトの間に巨大な氷の壁が現れた。
「王国魔法騎士団水性魔法隊隊長、キュアノス・ラピスラズリ、只今、現場に到着した。引き続き周囲は警戒を頼む」
「ソラ、大丈夫?」
「シリウス、キュアノス!俺は大丈夫だ、どこも怪我してないし、普通に動けるぜ」
ソラは、氷の壁が消えない内に後ろに下がった。
「へえ、結構強そうな人間が来たね。面白そうなことになってきたじゃん」
「こいつが人間の騎士団の今の隊長か。強そうだし殺り合ってみてえが、このガキもいるし、面倒だから今日は一旦帰るとしよう。また来るから待ってろよ、”星の器”。逃げんじゃねえぞ」
「え〜ブラン帰っちゃうのか、つまんな。じゃあオレもか〜えろ。ん、あれれ〜、そこの女の子、見たことあるぞ〜?」
「え、私!?」
トニトの目線はシリウスの方を向いていた。そして、思い出したように手をポンと打って、衝撃の事実を暴露した。
「そうかそうか、誰かに似てると思ったら、十年くらい前にオレが殺った騎士団の隊長にそっくりじゃん。あのときは久しぶりに強い人間とやりあえて嬉しかったなあ。女の子なのに勇敢だったよ」
「は…?」
シリウスは、トニトの言っていることを理解するのに少し時間がかかった。しかし、理解できた瞬間、彼女の心の底から強い憎しみと怒りが湧いてきた。
「ふむふむ、その子の娘ってとこかな。親に似ていい顔立ちだし、お母さんに憧れて騎士にもなったのかな?いいねいいね。そういうの、すごくいいよ、いいと思うねえ」
「〜〜〜っっっ!!!!」
シリウスは自分の内から湧いてくる感情に任せて剣を抜こうとした。しかし、キュアノスがそれを静止した。
「だめだ、シリウス!君じゃあいつには勝てない」
「許さない、許せない…!」
「まあいいや。また今度来るかもね。じゃ、またね”ソラ”」
ブランとトニトは来た時と同じように、それぞれ炎と雷に包まれて帰っていった。
「ふぃ〜、とりあえず何事もなくてよかったぜ。なんでお前が狙われていたのかはわからなかったけどな」
「…それより、シリウスがあんな表情したの初めて見た。あいつに何があったんだ?」
「…シリウスの母親、イシス・メリクリウス殿は、私の前任の隊長だったんだよ。彼女は、十年ほど前、都市での魔獣災害の対応の際に亡くなった…ということになっているが、まさか、犯人が別にいたとはね」
「考えてみればそうだよな。隊長を任されるような人があれくらいの魔獣災害で命を落とすはずがないもんな」
「確かにね。それと、そのときの遺体は、隊長の証のバッジを残して無くなっていたそうだ。それも、あいつと関係があるのかもね。シリウス、そろそろ落ち着いた?」
「……はい、大丈夫、です」
「無理はしなくていいよ。君は悪くない。誰しもが当然湧き上がる感情だと思う。みんな今日はもう本部に帰って休んでおこうか。警備は他の者にやらせとくからいいよ」
「いや、俺はここに残るよ。俺がなんであいつらに狙われたかのヒントが、ここの地下迷宮にあるかもしれないって思ったからな」
「ん、そもそもここに地下迷宮なんかあったか?」
「先輩は知らないのか。キュアノスは覚えてるよな。だってお前が俺をあそこに鍛錬のために行かせたもんな」
「……何を言っているのかさっぱり見当がつかないな。その調子だったら、やっぱり帰って休んでたほうがいいんじゃないかな」
「は…?とぼけるなよ。多分シリウスなら覚えてるよな。地下迷宮のこと」
「……ごめん、ソラ。私も、そんなもの知らないわ」
「え……?」