一部二章幕間
「いや〜しっかし、この建物広すぎて迷路みたいだな」
ソラは、彼がシリウスに案内された部屋にあった騎士団本部の地図を頼りに、キュアノスの隊長室を目指して歩いていた。他の騎士たちとすれ違うたびに、まだ騎士団に入団したことを知られていない彼は不思議な目で見られていた。
しばらくすると、ソラは人が少なくなっている場所に出た。
「あれ、ここは見たことある場所……あ、あのパン屋さんじゃん」
彼が辿り着いたのは食堂で、昨日彼がパンを食べた場所がある。そのパンを作ったパン屋は三百年ほどの歴史があるパン屋で、経営者はエルフだ。彼はそのパン屋に少し顔を出すことにした。
「いらっしゃいませ〜。あら、あなたは……おめでとうございます。無事に騎士になれたんですね」
「ああ、ありがとうございます。でも、どうして俺が騎士になること知ってるんですか?」
「それはもちろん、キュアノスさんから聞いたんですよ。新しい騎士さんが増えるって」
「まあそんなとこだろうとは思っていたけどね…。それは一旦置いといて、俺はあなたにちょっと聞きたいことがあるんですよ」
「はぁ。まあお答えできる範囲でしたら全然構いませんよ。それでどうされたんですか?」
「ああ。ルミナって名前のエルフ、知ってます?」
「ルミナさん、ですか。名前は知っています。ずっと前、森で暮らしていた頃、ルミナさんは隣の集落でトップクラスに強い魔力を持った方だと何度か聞いたことが。でもおそらく会ったことはないかと」
「そうか…。エルフって元々森で集団で暮らしていたんだな。なんであなたは今一人でこんな都市部で暮らしているんですか?」
「それは…………話せば長くなりますね。あなたにとってもあまり気分のいい話じゃないでしょうし」
私にとっても、と彼女は小声で言って、少し表情が暗くなった。ソラは、その表情を見てなにか申し訳ない気持ちが浮かんできたが、彼には、このことがルミナを傷つけ、迷宮に閉じこもる原因になっていることはこのときは知る由もなかった。
「そうなのか…。なんか聞いて悪かったな。ごめんなさい」
「いえいえ、全然構いませんよ。あなたは悪くないのですから」
少しの間、沈黙が続いた。
「せっかくですから、パンを見て行かれてはどうですか。もうすぐ朝食の時間は終わりですが、まだまだ残っていますよ」
「そうだな。パン屋に来てパンを買わないのは確かに失礼だな。…といっても特にどのパンが好きとかないし、なんかおすすめのパンとかないですかね?」
「はい。やっぱり一番人気なのはこのメロンパンですかね。私の自信作でもあるんです」
「…この世界にもメロンパンってあるんだな」
「ちなみにお金は持っていますか?騎士団付属のパン屋でも、一応代金はもらうことになっていますので」
「え、そうなの?ごめんなさい、まだお給料とかそういうものはないです…」
「でも特別に、今回だけ無料で差し上げちゃいます。騎士団入団祝いということで」
「マジですか!ありがとうございます!あ〜ほんとにおいしい。この味が三百年変わってないってマジか……。そういえば、お姉さんいくつですか?」
「二十歳です」
「あ、いや、見かけの年齢じゃなくて実年齢で…」
「二十歳です」
「え、でもこのお店三百年前からあるって…」
「二十歳です」
「別にエルフだから寿命長いのは普通で…」
「二十歳です」
「え、なに、エルフにもそういうのあるの?」
「こらこらソラ君、女性に年齢尋ねるなんて失礼じゃないか」
「げ、キュアノス」
「今明らかに嫌な反応したよね。私そんなに悪いことしたっけ?まあそれはいいとして、遅かったから探しに来たよ。こんなところで寄り道していちゃだめだよ。君の位置情報は、私の”目”でお見通しさ」
「うわぁ、便利な能力…」
「あと、そこのお姉さんの年齢は騎士団の名簿で把握してあるから、これも私にはお見通しさ」
「キュアノスさん、そういうのは良くないと思います」
「それじゃあ、行こうか、ソラ君。いつも美味しいパンをありがとう」
「じゃ、またお金稼いだら来ますんで、美味しいパン待ってます」
「はい、こちらこそまたのご来店、お待ちしております」
パン屋の女性は、笑顔で二人を見送った。そして、二人の姿が見えなくなると、一人、こう呟いた。
「ルミナ、さん。いつかお会いして見たいものです」