第九話 『騎士の精神』
三人は地下迷宮から帰ってきて、キュアノスの隊長室にいた。ソラは帰り道からずっと浮かない顔をしていた。そんな風にしているソラを気にせずに、キュアノスは尋ねた。
「それで、修業はどうだったかな。ソラ君」
「どうだったも何も、全然魔法使えるようにならなかったわ!魔法どころか魔力の使い方もわかんねえし、やっぱりちゃんと教えてくれよ。なんか魔法学校の先生みたいなの連れてきてさ」
ソラが文句を言うと、キュアノスはなぜか恥ずかしそうな顔をして言った。
「そういうのは…私には無理かな」
「え、なんで?」
「簡単に言うとね、キュアノス隊長は騎士養成学校から出禁になっているの」
「え、は、なんでぇ?」
言葉の意味はわかるが、状況の意味がわからないソラのためにシリウスが説明を始めた。
「なんかね、隊長が学校の視察に行ったときに、生徒への手本として魔法を見せていたんだけど、生徒たちからすごく褒められて調子に乗っちゃったみたいで、上級魔法を本気で撃っちゃったの。それで訓練場が全部水浸しになって壊れちゃって、それを知った校長から出禁にされたの」
「ほんとになにしてくれてんだこのアホ隊長!あぁ俺の異世界魔法ライフがぁ...」
「いやあれはね、未来の騎士であるみんなに頑張ればこんなにすごい魔法が使えるってことを教えてあげようとしたというか、敬うべき隊長のすごさを教えてあげようとしたというか...。そもそも校長は厳しすぎるんだよね。私は善意でやっただけなのに」
「いやどう考えても10:0でキュアノスが悪いと思うけど」
勝手に一人で嘆くソラと、意味のわからない言い訳をするキュアノスを呆れ顔で見ていたシリウスだったが、突然話題が油断していた彼女の方に回ってきた。
「そういえば、私をおだて上げた子供たちの中にシリウスもいたよね。ということでこのことを部外者にばらした罪と合わせて、ソラ君の面倒は君が見てあげてね」
「いやいや絶対私その時いませんでしたよ!?私もうわさで誰かから聞いただけですし...。まあ別にソラの面倒を見るくらいはいいですよ。彼用の部屋はちゃんと用意してくださいね」
「はいは~い。でも、それは彼の答えを聞いてからかな。聞く必要もないだろうけど」
先ほどまで軽い口調と態度だったキュアノスは、そう言って真面目な顔になり、ソラの目を真っ直ぐ見た。
「さあホシノ・ソラ。きみは騎士団に入る覚悟はあるかな?」
「もちろん。けどまああるにはあるが、俺結局戦闘能力皆無のままだぞ」
「ん~それはまあ後で何とかするとして...。じゃあ質問を変えよう。君は本当にあの遺跡で”何も”できなかったのかな?」
ソラは、キュアノスの質問に言葉を詰まらせた。少し間をおいて、答える。
「ああ、そうだな。認めたくはないが、確かにそうだ。魔法習得の事に関してだけじゃなくて、俺はルミナに何もできなかった。力になれなかった。助けになれなかった。騎士団に入る覚悟はできてるけど、俺は弱いから、資格が無いと言われても否定しない」
「そうだね、君は弱いよ。でも君は、あの子を助けようとした」
「でも弱いからできなかった。またルミナは苦しいままずっと過ごし続ける」
ソラはうつむいて、自分のこぶしを強く握りしめた。彼の顔には、隠しきれない悔しさが滲み出ていた。
「私には、あの子は君にちょっとなついているように見えたな。君たちの間に何があったかは知らないけど、あの子は確実に私たちに向ける厳しい態度とは違う態度で君に接していた。君はあの子のかたい心の扉を少し開いたんだ。それも助けるってことの一つなんじゃないかな」
「でも、あいつは......」
ソラはそうやってキュアノスに慰めてもらうだけでは満足できなかった。もちろんキュアノスもそのことはわかっていた。しかし、キュアノスはまた軽い雰囲気に変わって、明るい声になった。
「うん、やっぱり合格だね。君は心の底から他人の力になりたいと思っている、まさに騎士の精神の持ち主だ。シリウスの時もそうだったね。たとえ弱き者だとしても、騎士団は君を歓迎するよ。まあ最近は騎士団も人手が足りなくなっているっていうのもあるけど、私としては最初から入団させるつもりだったよ」
「ええ......性格悪いなあ、あんた」
「というわけで私は君の上官になったわけだから、君は私に敬語を使いなさい。わかったかい?ソラ隊員」
「うわぁ...なんか嫌だこの人。でも本当に俺が騎士団に入っていいのか?そもそも勝手にキュアノス...隊長が誰かを騎士団に入隊させてもいいものなのか?またなんかやらかしてダメになったとかは......」
ソラはちょっと不安そうにシリウスの方を見た。
「さすがに今も隊長の地位をもっているわけだし、それはないと思うけど...実際どうなんですか隊長」
シリウスもまたちょっと不安そうにキュアノスを見た。
「...君たちはいったい私をなんだと思っているのかな?後で隊服と剣はあげるから、シリウスがどこか寮の開いている部屋に案内しておいてね。それじゃ、解散解散」
ソラとシリウスはそのままキュアノスに部屋から追い立てられた。二人は、閉められた隊長室の扉の前で、お互いを見つめ合って笑った。
「なにはともあれ、入団おめでとう、ソラ。これから一緒に頑張りましょう」
「ああ、ありがとう、シリウス。あ~なんか疲れたな、今日。それじゃあ部屋に案内してください、シリウス先輩っ」
「ちょっとやめてよ先輩なんて。あと、敬語使うならキュアノス隊長に対してにしなさい」
「え~なんかあの人はな~」
「まあちょっとわからなくはないけどね」
『二人とも、ちゃ~んと聞こえてるからね』
「わわっ、キュアノス!?いったいどこから...」
「あ、私この魔石隊長に返すの忘れてました。今から返しに行きま...」
『返さなくていいよ。そのままソラ君が私を尊敬するようになるまで監視しておくからね』
「そういうのやめてほしいんですけど!っていうかそんなことしたら逆に尊敬の念が薄れる気が」
『それじゃあシリウスがソラ君を案内したら返しに来てね~。私は寝るから。おやすみなさ~い』
「......めちゃくちゃだな、あの人」
「......ほんとにそうね」
そう言いあった後、静かな廊下に二つの笑い声が響いた。