第七話 『エルフと半獣半人』
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あたしは、一人のエルフとしてこの世界に生まれ育った。金髪、青緑の眼、長い耳、そして人間より強大な魔力をもった、普通のエルフだった。特にあたしは、エルフの中でも強い魔力をもって生まれた。
エルフだから、普通の人間と比べて身体の成長が非常に遅かった。あたしは魔力が他より多いからか、かなり早い段階で身体の成長が終わった。だから、人間の町に出向いて買い物なんかしていると、周りから気味悪がられることは少なくなかった。差別というほどではないが、明らかに何か人間とは別のものを見ているような目であたしとほかのエルフたちを見ていた。
そういうこともあってか、普段あたしたちエルフは、人間がふつう寄り付かないような大きな森の中で暮らしていた。
あたしが六百歳くらいだった時の事だろうか、人間と魔族が大規模な戦争を始めた。あたしたちが住む森が戦闘の最前線の都市に近かったから、あたしたちはずっと暮らしてきた森から離れることになった。
戦況が膠着してお互いの人手や資源が苦しくなってきたころから、エルフも人間側の陣営についてほしいとの要請が何度も来ていた。しかし、ほとんどのエルフは人間とともに戦うことを拒否した。確かにエルフの使う魔法は強力だけど、エルフは少数種族、戦いに参加したところで大きな戦況の変化はない。だから、エルフは種の人数を減らすことになるような戦いは望まなかった。
ところが、戦争で精神的にも疲弊していた人間は、戦いを避けようとするあたしたちエルフに不満を抱いていた。その不満をあおるように、都市にはエルフへの根拠のない悪い噂が人間の政府から流された。当然、あたしたちエルフは人間たちに今までとは違う明確な悪意をもった差別をされるようになった。人間にとって、争いを望まないエルフというものは、都合のいい不満のはけ口だったのだろう。あたしたちはそれから逃れるようにまだ平和な王国の中心都市まで逃げ込んだけれど、それまでに差別の過程で人間に傷つけられ、無実の罪で投獄されたり、命を奪われた者もいた。
人間は醜い。人間は争う。人間は傷つける。自分たちの快楽のために。
あたしたちは散り散りになって新しい都市についた。あたしはどこか自分しか来ないような空間がほしかったから、都市の中心から遠いところの山に入った。そこで、大きな遺跡と迷宮を見つけた。あたしはここならいいだろうと思って、迷宮に潜って、中を見てみることにした。
遺跡の深いところに行くと、大きな倉庫みたいなものがあった。ここなら数十年は退屈な思いをせずに暮らせそうだったから、この大倉庫にしばらく住むことに決めた。何があるか見回しながら歩いていると、一人の人間を見つけた。その人間は倉庫の整理のようなことをしていたけど、すぐに私に気づいた様子で声をかけてきた。
「おい、なんでこんなところにいるんだ?しかもこんなちっちゃい子が......ってお前エルフか。ということは、戦いが激しい西のほうから来たってことでいいんだな」
その人間は金髪の、背が高い男で、騎士の服装をしていた。
「...邪魔して悪かったわ。出ていくわね」
「何も帰れなんて言ってないじゃないか。確かにお前たちエルフが西方で差別の対象になっているってことくらい知っている。最近ここら辺でもその風潮が高まりつつあるって言ったところか。だけど、俺は別にエルフが悪いことして差別されてるとは思ってねえよ。それに俺だって、差別を受けてきた側だぜ。俺は獣人と人間のハーフだからな」
これが証拠だとか言わんばかりに、その男は鋭い牙を見せつけてきた。それでも、あたしはその男に冷たい態度をとった。できれば面倒ごとになりたくなかったから、無意識にとっていたものだろう。
「それで、何が言いたいのかしら」
「まあ要するにだな、ここにどうやって入ってきたかは知らねえけど、別にお前はここにいてもいいってことだ。外だと暮らしにくいだろうからな」
その男の声は優しかった。誰でも包み込んでくれそうなあたたかさがあった。
「......それなら、そうさせてもらうわ。どうせ帰る場所もないもの」
「よし、決まりだな。それならちょっと話し相手になってくれよ。俺ずっと一人で暇だったからな。俺はフラムだ。オマエの名前は?」
「ルミナよ」
「ルミナか、いい名前だな。よろしくな、小さな友人」
「…小さくて悪かったわね」
そのフラムという男は、明るい笑顔を見せた。
フラムは半獣半人という種族でありながら、この王国の魔法騎士団に属している騎士であり、個々の管理を任されているらしかった。この大倉庫は王国の非常時に避難場所になるほか、いろいろな本や食料、魔道具などが保管されていた…らしい。
フラムとあたしは、ともに人間から虐げられていた立場の種族ということもあり、毎日会って話しているうちに打ち解けて親友と呼んでいいほどの関係になっていた。フラムがくだらない冗談を言い、あたしがそれを受け流す。そうするとフラムがすねて本を読んでいるあたしにちょっかいをかけてくるけど、悪い気はしなかった。このときのあたしは確かに幸せだった。
だけど、そんな幸福も長くは続かなかった。戦場での人員不足で、戦争に王国騎士団も派遣されるようになり、フラムも前線に送られるとのことだった。
「そんなに心配するな、ルミナ。俺は半獣半人だぜ。そんじょそこらの人間よりは強いさ。まあお前より弱いかもしれないけどな。絶対帰ってくるさ」
フラムはそう言ってあたしに笑いかけたけれど、どうみても強がっているようにしか見えなかった。
そして、そのままフラムが帰ってこない日が続いた。